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2024.01.27

現代のエジソン! IT分野の特許資産規模1位のエンジニア兼起業家・菅谷俊二とは

少子高齢化や人口減少など、多くの課題を抱えている日本の産業。そんな問題をDXの力で解決するのが、OPTiM(オプティム)の創業者・菅谷俊二だ。さまざまな産業や企業へのDX事業だけでなく、雑誌読み放題アプリ「タブホ」の開発など、幅広いサービスを展開するエンジニア兼経営者が語る未来のビジネス戦略とは−−。【第1回】

「◯◯×IT」が日本の産業を変える

AIやIoTなどを活用した技術革新によって、第4次産業革命を迎えると言われている今。さらなるDXで新しいビジネスモデルを生み出そうとしている企業も多いのではないだろうか。

そんな現代の日本において、第4次産業革命の中心的な企業になることを目指し、あらゆる産業のDXを進めている会社がある。それが2000年に創業されたベンチャー企業「OPTiM(オプティム)」だ。

さまざまな業界や産業に、AI、IoT、ロボットなどのテクノロジーを融合させる「◯◯×IT」をビジネス戦略に掲げ、新しいビジネスモデルの開発を進めてきたオプティム。その最大の特徴は、分野の垣根を超えた幅広いサービス展開にある。

農業・医療・建築という日本経済を支える中心的な産業をはじめ、金融機関や鉄道事業、学校教育などの12個以上の分野でDXを推進。企業や自治体と連携しながらオプティムは、これまでにない技術革新を数多く生み出してきた。

例えば、高齢化や人手不足の問題が叫ばれる農業の分野では、ドローンを使用した田植えやAIによるピンポイントな農薬の散布、さらにはブロックチェーンを用いた流通や資材調達の管理など、ITを活用した“スマート農業”という新しいビジネスモデルを実現。

あらゆる産業のDXを推進するオプティムは、農業・医療・建設のDX事業を軸に、各分野のニーズに合わせた40個を超える多様なサービスを展開している。

「ネットを空気に変える」をコンセプトに、インターネットに代表されるようなITテクノロジーが、すべての人にとって空気のように意識せずとも使いこなせる存在になるよう、多くの企業や産業が抱える問題をDXの力で解決してきた。

また、企業向けのDX事業だけでなく、スマート農業で生産されたお米などを販売する「SMART AGRI FOOD」の商品開発や、1000誌以上の雑誌を読めるアプリ「タブホ」の運営など、個人のユーザーに向けたサービスも展開。

建築・土木のDX事業では、スマホやタブレットで高精度な3次元データを取得できる測量アプリ「OPTiM Geo Scan」を開発。衛生電波が届かないトンネルや屋内でも短時間で地形や距離などの数値測定が可能。

ITを活用した20を超えるサービスで、ビジネスや日常生活に新しいスタイルを提案してきたオプティムは、まさにインダストリー4.0時代に求められる“イノベーション企業”といえるだろう。

憧れの人物、トーマス・エジソン

そんなオプティムの創業者である菅谷俊二は、1993〜2020年の日本の情報通信分野における特許資産の個人ランキング1位を獲得したこともある実力派エンジニア。多くのメディアにも取り上げられている今注目の起業家だ。

兵庫県・神戸市で生まれ育った菅谷は、工業高校で教師を務めていた父親を持ち、幼い頃から科学や発明に興味があったという。また、現在のオプティムを起業したのも父親からの影響が大きかったのだとか。

菅谷俊二/Shunji Sugaya
1976年兵庫県生まれ。佐賀大学在学中に、第1回ビジネスジャパンオープンで「孫正義賞(特別賞)」を獲得。2000年6月、「ネットを空気に変える」を企業理念に、現在のOPTiM(オプティム)を創業。2014年に東証マザーズに上場し、2015年には東証一部への上場を果たした。著書に『ぼくらの地球規模イノベーション戦略』(ダイヤモンド社)。

「父は、教師になる前は一般企業のサラリーマンをしていたので、本田宗一郎さんなどの実業家の話が好きでした。高校では電子工学を教えていて、よく電子工学の話を交えながら、さまざまな企業家のストーリーを聞かせてくれたものです。

『世の中にこんなものがあったらいいと思わない?』と、新しいものを生み出していく楽しさを教えてくれたのも父です。そんな父からの教育もあり、将来は何かを発明する仕事に就きたいと思うようになりました」

幼い頃から発明に興味があり、個性的な子供だったという菅谷。

当時、菅谷が憧れていた人物は、“発明王”と呼ばれたトーマス・エジソン。小学生の時に、蓄音機や白熱電球など多くの発明を残したエジソンの伝記を読み、その生き方に強く感銘を受けたそう。

子供の頃は、大人から決まり切ったことを押し付けられることへの反発もあり、あまり勉強が好きではなかったという菅谷。だが、憧れの発明家になることを目指し、少しずつエンジニアとしての道を歩み始めていた。

小学2年生の時に始めたゲーム開発

今では300以上の特許の発明者として名が刻まれている菅谷だが、発明に目覚めたのは小学2年生の時。叔父に買ってもらった初めてのパソコンで、ゲームソフトを製作したのがきっかけだった。

小学生の頃の菅谷は、自宅でプログラミング言語の勉強をしていた反面、学校の友達と野球やサッカーをして遊ぶなど活発な性格だったという。

「私はファミコン世代のど真ん中で、小学生の頃には友達の間でも流行っていました。でも、父の教育方針でファミコンを買ってもらえず。代わりに叔父が買ってくれたパソコンで、ゲームソフトを自分で作ることにしたんです。

当時は『MSX』というパソコンを使っていて、一からゲームソフトをプログラミングしていました。出来上がったものを、友達に100円とか200円で売ったりもしていて、新しいパソコンや書籍を買う資金にしていました」

その後、小学生でプログラミング言語を覚えた菅谷は、自らストーリーやキャラクターを考え、初のアドベンチャーゲームを制作。学校の友達と「ハッスル」という架空の会社を立ち上げ、ゲームソフトのチラシなども作成していたという。

中学校の制服を着て撮影した記念写真。中学生の頃の菅谷は、水泳部に所属していたそう。

エンジニアとしての類い稀なる才能を活かし、子供ながらに友人たちと“会社ごっこ”で遊んでいた菅谷。しかし、その頃から今に至るまで1度も起業しようと思ったことはないのだとか。

「結果として今のオプティムという会社を立ち上げましたが、実は今まで起業しようと思ったことはないんです。小学生の頃から自分のアイデアを実現できたら面白いとは思っていたので、ビジネスには興味がありましたけど。

たまに若い人から起業について相談されることがあるんです。でも起業するかどうかよりも、その仕事を愛せるかどうか、情熱の火を灯し続けられるかどうか、それが大事なポイントだと思っています。

自分のやりたいことに起業することで近づけるのであれば、自ら企業を立ち上げた方がいいですし、別にそうでなければ起業しなくてもいい。あまり形に囚われずに、何をやりたいかをまず考えるべきではないでしょうか」

そう語る菅谷が目指すのは、世界の人々に大きく良い影響を与える、普遍的なサービスやビジネスモデルを創り出していくこと。最新テクノロジーで日本の産業をDXするオプティムは、そんな菅谷の夢を体現しているのだろう。

※2回目に続く

TEXT=坂本遼佑

PHOTOGRAPH=古谷利幸

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