メジャーリーグ、レイズから傘下の3Aのチームに合流するように通達されていたが、トレードでレッドソックスに電撃移籍が決まった上沢直之投手がスターとなる前夜に迫った。 連載「スターたちの夜明け前」とは
レイズ→レッドソックス
大谷翔平(ドジャース)、ダルビッシュ有(パドレス)など日本人選手の活躍が目立つメジャーリーグ。2024年も超大型契約を結んだ山本由伸(ドジャース)を筆頭に、今永昇太(カブス)、松井裕樹(パドレス)も海を渡り、松井は開幕早々に初勝利もマークしている。
そして開幕直前、そのなかにまた新たな侍が一人加わることとなった。それが上沢直之(レッドソックス)だ。
日本ハムでは10年間の在籍で通算70勝をマーク。2023年も9勝9敗ながら、パ・リーグで最多となる170回を投げている。
オフにポスティングシステムを利用してメジャー移籍を目指したが、マイナー契約でレイズに加入。オープン戦で結果を残せずにメジャー入りは逃したが、2024年3月28日にトレードでレッドソックスに移籍し、メジャー契約を結ぶこととなったのだ。日本での安定した成績が評価されたと言えるだろう。
本格的に野球を始めたのは中学生
そんな上沢は小学校時代はサッカーチームに所属しており、本格的に野球を始めたのは中学入学後という異色の経歴を持つ。
それでも投手としての才能は当時から光るものがあり、千葉県で力をつけ始めていた専大松戸に進学。1年春からベンチ入りを果たしている。筆者が初めてそのピッチングを見たのは2年春に出場した千葉県大会の対稲毛戦だった。
7回途中、4点リードの場面から2番手として登板した上沢は2回1/3を投げて3四死球と制球には苦しんだものの、被安打1、無失点と相手打線を抑え込み試合を締めている。
この試合の前からその評判は聞いていたが、噂にたがわぬ好投手という印象を受けた。当時のノートには以下のようなメモが残っている。
「評判になっているだけあって、マウンドでの雰囲気がある。テイクバックで引っかかることなくスムーズに肘が高く上がり、真上から振り下ろす腕の振りが素晴らしい。
(中略)立ち上がりはかなりコントロールがばらついたが、指にかかった時のボールの勢いは十分。ボールの角度も申し分ない。上半身に比べると下半身が弱く、ステップもまだ狭く見える。ステップする前に上半身が前傾して、バランスが崩れやすいのも気になる。
(中略)変化球で腕が振れず、クイックも遅い。突如崩れそうな雰囲気も感じる。ただそれでも素材の良さは素晴らしく、腕の振りだけでも大器であることは間違いない」
細かい課題は色々あるものの、ポテンシャルの高さが感じられたことがよくわかるだろう。2年夏には背番号1を背負い、すべてリリーフながら5試合に登板してチームも千葉大会の準決勝に進出している。
しかし3年春の流経大柏戦で見た時は先発で3回1/3を投げて被安打7、4四死球、5失点で降板。この時のノートにも「フォームは悪くないが、どうしても制球が安定しない」というメモが残っている。
高校2年から3年にかけて目覚ましい成長
ようやくその才能が大きく開花し始めたと感じたのは流経大柏戦後から約2週間後に行われた関東大会の対前橋商戦だった。
この試合で上沢は9回を1人で投げ抜き、被安打3、1失点完投勝利をあげて見せたのだ。課題だったコントロールも安定し、与えた四球もわずか2という記録が残っている。この試合について、当時のノートにも9行にわたって称賛するメモが残っている。
「体つきは年々スケールアップしており、以前と比べてフォームにも成長が見られる。
ゆったりとしたモーションで下半身主導で投げる意識が強くなり、上半身の力みがなく、楽に鋭く腕が振れるようになった。県大会と比べて別人のように制球も安定。
(中略)変化球も大きいカーブでカウントがとれるようになり、縦のスライダーもストレートと同じ軌道から鋭く変化し空振りを奪える。腕の振りもストレートと変わらない。
(中略)ストレートは130キロ台後半がアベレージだが内角に狙って投げられ、ボールの勢いは申し分ない。クイック、ベースカバーなど投げる以外での課題は残るが、あらゆるパターンで打ちとれるようになったのは大きな成長」
この時の最速は140キロで、2ヵ月後の夏の千葉大会で千葉明徳のエースだった鈴木康平(現・巨人)と投げ合った時も最速は141キロと高校生にしても目立った数字ではなかった。このことがドラフト6位という低い評価につながったと思われるが、それでも2年から3年にかけて見せた成長は目覚ましいものがあったことは間違いない。
その成長をプロでも続けられたからこそ、2年目から一軍の戦力となり、ついにはメジャーリーグまでたどり着いたと言えそうだ。
山本、今永、松井に比べると報道は少なく、立場的にも万全ではないことは確かである。しかし日本ハムでもドラフト下位指名からエースへと駆け上がった経験は大きな武器となっているはずだ。
メジャーの舞台でもその経験を活かして、日本で見せていたような安定したピッチングを披露してくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。