プロ野球選手のターニングポイントに迫る連載「スターたちの夜明け前」番外編。2023年のWBCでも存在感が際立っていたダルビッシュ有を取り上げる。
侍ジャパンで圧倒的存在感
2023年、野球界で最も大きかった出来事と言えばやはり3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での侍ジャパンの優勝だろう。史上最強の呼び声高かったチームが予選ラウンドから決勝までの全試合で勝利をおさめ、日本中が歓喜に沸いた。
その主役となったのが投打にわたる活躍でMVPにも輝いた大谷翔平(当時エンゼルス)だが、もう一人精神的な支柱と言える存在となっていたのがダルビッシュ有(パドレス)だ。
メジャー・リーグ球団に所属している選手ではただ一人、宮崎キャンプから参加。若手の多い投手陣に惜しみなく自分の技術を伝え、また野手陣に対しても積極的にコミュニケーションをとる姿勢はまさにチームを牽引するリーダーと呼ぶに相応しいものだった。
この連載「スターたちの夜明け前」第1回でダルビッシュの高校時代について触れているが、今回はその時には収まり切らなかったエピソードなどを紹介する。
ノーヒット・ノーランを達成するも日本ハムの「単独指名」
ダルビッシュは中学時代から190㎝を超える長身と140キロを超えるスピードを誇り、東北高校では2年夏に甲子園優勝、3年春には初戦の熊本工戦でノーヒット・ノーランを達成するなど輝かしい経歴を持っていることは前回のコラムでも触れている。
しかしこれだけの成績を残しながらも、2004年のドラフトでダルビッシュを1位指名したのは日本ハムだけだった。
当時は大学生、社会人の選手については1球団2人まで「自由獲得枠」という制度で文字どおり自由に交渉して獲得することができる仕組み。そのため、高校生の選手を1位指名したのは4球団にとどまったということもあるが、現在のダルビッシュの姿を考えればもっと人気を集めるのが当然ではないかと考えるファンも多いのではないだろうか。
そうならなかったことにはいくつかの要因があるが、まず一つ目はフィジカル的な不安が大きかったという点である。高校時代のダルビッシュは長く成長痛に苦しんでいたと言われており、甲子園でも右肩を痛めて登板回避した試合もあった。
日本ハムの山田正雄スカウト部顧問も、当時のダルビッシュについてこんな話があったと教えてくれた。
「あるメジャー球団の日本人スカウトが僕に『山田さん、ダルビッシュは絶対成功しませんよ』と言うんですよ。理由を聞くと、身体的な特徴のことでした。うちはその時点でダルビッシュを指名すると決めていたのでその話は聞き流したんですけど、体に不安があったことは確かですね。何年か経ってダルビッシュがプロで活躍したらそのスカウトが『山田さん、ダルビッシュについては見誤りました』って言ってましたけどね(笑)」
ダルビッシュがプロ入り後に大成功したため笑い話になっているが、一つのケガが命取りになる投手の場合、故障が多い選手というのは指名しづらいというのはやはりあったはずだ。
そしてフィジカル面に加えて不安視されていたのがメンタル面である。高校時代のダルビッシュは球審の判定に対して不服そうな顔を見せることがよくあり、その態度に対して注意されるというケースも非常に多かったのだ。
また成長痛の影響もあったと思われるが、ピッチングでも度々手抜きと見られるような投球が目立ち、打者としてヒットを打った時のベースランニングも完全に力を抜いて走っていたのだ。
すべてのプレーにおいて全力で取り組めば良いというものではないが、ここまであからさまに力を抜いて、審判の判定に不満を見せる高校生というのはやはり異色だったことは間違いない。
プロ1年目のキャンプでは当時未成年だったにもかかわらずパチンコ店で喫煙していた姿が週刊誌に報じられて謹慎処分を受けている。簡単な言葉で言えば、問題児的な行動が目立つ選手だったのだ。
高いポテンシャルを持ちながら、プレー以外の面が足を引っ張って大成しないという選手も多く、当時のダルビッシュにはその危険性が十二分にあったことは間違いないだろう。
人は大きく変われる
ただ冒頭でも触れたように、現在のダルビッシュからはそういった雰囲気はまったく感じられず、若手選手から尊敬を集める存在となっている。そのような存在となることができた要因は一つではないと思うが、人は大きく変われるということを示したと言えるだろう。
プロを目指す選手が故障歴やメンタル面が不安視されて評価を下げるということは珍しくない。ただダルビッシュの例を見ても、未完成な若者に対して大人が決めつけてしまうことの問題も多いのではないだろうか。今後も大人になって大きく変身する第2、第3のダルビッシュのような存在が日本球界から出てくることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。