パ・リーグでホームラントップの活躍を見せている日本ハム・万波中正(まんなみちゅうせい)。高校時代の姿から、プロ5年目でここまでのスターになるとは誰が想像していただろうか。連載「スターたちの夜明け前」とは……
リーグを代表するスラッガーに期待
2022年の最下位からの巻き返しを目指す日本ハム。
ここ数年で多くの主力選手が退団し、2022年は多くの選手を試しているという印象だったが、そんななかで2023年大きな飛躍を見せているのがプロ入り5年目の万波中正(まんなみちゅうせい)だ。
開幕直後からクリーンアップの一角に定着すると、5月下旬からはホームランを量産。5月30日のヤクルト戦では両リーグ最速となる10号ホームランを放ち、パ・リーグのホームランダービーでもトップに立っているのだ(2023年6月1日終了時点・11本塁打)。
最大の魅力はその飛距離で、打った瞬間にホームランとわかる当たりも少なくない。
三振数は相変わらず多いものの、2022年2割を超えるのがやっとだった打率も2割5分前後をキープしており、課題だった確実性にも成長が見られる。2023年で23歳という若さを考えると、今後パ・リーグを代表するスラッガーとなる可能性も高いだろう。
“万波伝説”残すも、落ち続ける高校時代
そんな万波は全国でもトップクラスの中学硬式クラブチームである東練馬リトルシニア出身で、当時から関係者の間では評判の選手だった。
初めてプレーを見たのは中学3年で出場したリトルシニアの全国大会。この時既に身長は185㎝を超えており、中学生のなかに1人だけ大人が混ざっているように見えたのをよく覚えている。
高校は神奈川の名門、横浜高校に進学。1年夏の神奈川大会では控え選手だったものの、いきなり横浜スタジアムのバックスクリーンを直撃する特大のホームランを放ち話題となった。
1年秋からは外野のレギュラーに定着。夏の甲子園にも3年連続で出場を果たしている(1年夏はベンチ入りしたものの試合の出場はなし)。
これだけを見ると、順風満帆な野球人生と思うかもしれないが、実際は右肩上がりで成長してきたわけではない。
特に高校時代に気になったのがスイングの形が安定せず、バッティングの調子の波が大きいことだった。
レギュラーを獲得した直後の1年秋は結果を残していたものの、学年が上がるにつれて相手からのマークが厳しくなると、そのバットから快音が聞かれる頻度は目に見えて少なくなっていった。
2年夏の神奈川大会では7試合でヒットは5本、11三振を喫し、打率は1割台と低迷している。
続く甲子園大会では初戦で秀岳館(熊本)に敗れ、万波自身は5番打者として1安打を放っているが、それでも打者としての良さは見えず、むしろリリーフとして最速146キロをマークした投手のほうが印象に残っており、当時のノートにも以下のようなメモが残っている。
「地肩の強さは抜群で、シートノックからそれをアピールするように強く投げられているのが素晴らしい。(中略)バッティングは相変わらずタイミングをとる動きがギクシャクしており、速いボールには完全に差し込まれている。特に体の近くのボールは目線が離れるのが早く、見えていない。変化球に対しては上半身が前に突っ込み、バランスを崩すことも多く、せっかくのパワーが生きていない。(中略)投手としてはステップの幅は狭く、まだまだ野手投げだが、リリースでボールをしっかり抑え込める。投手に専念したら大化けする可能性もありそう」
ちなみにこの時に万波の前の4番を打っていたのは増田珠(現・ソフトバンク)で、その増田も1安打に終わっているが、打撃の内容に関しては雲泥の差があったことは間違いない。
そして万波の状態はここからさらに落ちることとなる。
最も深刻だったのが3年春だ。県大会の藤沢翔陵戦では7番で出場し、ラッキーなレフトへのツーベースを1本放ったが、打撃内容は悪く、8回の攻撃では代打を送られている。
当時のノートにも「タイミングのとり方がより下手になった印象。ノーステップ気味にしてもボールを待てない」という短いメモだけが残っている。
その後は復調して3年夏の神奈川大会では5割を超える打率を残したが、続く最後の甲子園でも3試合でシングルヒット2本、5三振と結果を残すことはできなかった。
正直この時点で今の万波の姿を想像できた人は少なかっただろう。
短所よりも長所を評価する
万波のプロ入り後、日本ハムの関係者に話を聞いたことがあるが、時間がかかることは当然理解したうえで、当たった時の飛距離という長所の方を評価して指名したとのことだった。
実際プロでもまだ脆さはあるものの、長所を伸ばして一流選手への階段を上りつつあることは間違いない。
どうしても短所に目が向くことが多いが、万波の成功はプロ野球界全体に与える影響も大きいはずだ。今後も万波に続いて尖った長所を生かす選手が出てくることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。