阪神の“村神様”こと、村上頌樹の快投が止まらない。現時点でセ・リーグの新人王に最も近い存在といえる村上頌樹がスターとなる前夜に迫った。連載「スターたちの夜明け前」とは……
140キロ台のストレートで“無双状態”
開幕から安定した戦いぶりを見せ、セ・リーグの首位を走る阪神(2023年5月18日終了時点)。セ・リーグトップのチーム防御率を誇る強力投手陣が大きな強みとなっているが、そのなかでも今年急成長を見せているのが3年目の村上頌樹だ。
今シーズン初先発となった2023年4月12日の巨人戦では7回まで1人の走者を許さない快投を披露。この試合では後続の投手が同点に追いつかれたため勝ち星は逃したが、その後も開幕から31イニング連続無失点と抜群の安定感を見せ、3・4月の月間MVPを受賞したのだ。
ルーキーイヤーから二軍では結果を残していたものの、2022年までの2年間は一軍ではわずか2試合の登板で防御率16.88という成績だったことを考えると、この活躍はチームにとって嬉しい誤算といえそうだ。
物足りなかった高校時代
そんな村上は関西でも屈指の強豪である智弁学園(奈良)でプレーしており、1年夏には早くもリリーフで甲子園のマウンドを経験している。1年秋にはエースとなり、3年春に出場した選抜高校野球では5試合を1人で投げ抜き、チームを優勝に導いた。
甲子園優勝投手ともなれば当然全国にもその名が知られることになるが、高校時代の村上はドラフト候補という意味では決して評価が高かったわけではない。
174㎝と投手としては上背がなく、当時のストレートは140キロ程度だったのだ。優勝した選抜高校野球の初戦、福井工大福井戦でのノートには以下のようなメモが残っている。
「きれいに肘が立ち、縦に腕が振れるのが長所。ただ下半身と上半身が上手く連動しておらず、ためは作っているもののステップに粘りがなく、上半身の力に頼って腕を振っている印象。ストレートの勢いは物足りない。(中略)いかにも高めに抜けそうに見えるが、それでも右打者の内角に速いボールを投げ切ることができる。リリースの感覚は良い」
褒めている部分はもちろんあるものの、全体的に物足りない部分があったことがよく分かるだろう。結局3年夏は奈良大会で敗れて甲子園出場を逃し、プロ志望届を提出することなく東洋大に進学することとなった。
ストレートが遅かったが、プロで飛躍
大学でも1年春からいきなり2勝をマークする活躍を見せたが、秋以降は安定感を欠き、目立った成績を残すことができていない。ようやくドラフト候補にふさわしいピッチングを見せ始めたのは3年の春になってからだ。
2019年5月1日に行われた駒沢大との試合では被安打3、1四球、6奪三振で完封と圧巻の投球を見せている。相手チームには後にプロ入りすることになる林琢真(現・DeNA)、若林楽人(現・西武)もメンバーに名を連ねていたが、ともにノーヒットと完璧に抑えていた。ただ、この試合のメモでも称賛の言葉だけではなく、気になる点が書かれていたことも事実だ。
「ゆったりとした二段モーション気味のフォームで、下半身をしっかり使って投げられるようになった。コーナーいっぱいを正確に投げ分けることができるコントロールはアマチュアではトップレベル。左打者のアウトコースにカーブ、スライダーを投げてカウントをとれるのが大きい。(中略)緩急の使い方も上手いが、ストレートは140キロ台前半が多く、力を入れて145キロを超えるボールは少ない。上のレベルで活躍するにはもう少しストレートのアベレージを上げたい」
この試合での最速は147キロだったものの、メモの通りほとんどが140キロ程度で、長いイニングを高い出力で投げ切る力はなかったような印象だった。このシーズンでは6勝0敗でMVP、ベストナイン、最優秀投手の三冠に輝いたが、5月9日の立正大戦では最速は145キロにとどまり、7回を2失点でまとめたもののホームランと長打を含む7安打を浴びている。
この試合のメモにも「前週よりストレートの走り悪い。(中略)ストレートは力を入れてなげるボールが少なく物足りない」とあるように、やはりストレートに関しては凄みがなかったのは事実である。
ドラフト5位という低い評価でのプロ入りになったことは、4年時はコロナ禍で春のリーグ戦が中止となり、秋のシーズンでは右前腕の肉離れで1試合しか投げることができなかった影響ももちろんあるが、3年時と同様の投球を見せていても2位までの上位で指名される可能性は低かっただろう。
実際、冒頭でも触れたようにプロ入り後も二軍では結果を残しながら2年間は一軍では通用していない。ようやく2023年になって成績が上がったのは課題だったストレートの平均球速が上がったこと、またそれに加えて持ち味であるコントロールにも磨きがかかった点が大きいといえるだろう。スピードがアップするとバランスを崩して制球が悪くなる投手も少なくないが、村上は速くなったボールもしっかり操ることができているのは大きなプラス要因である。
ただそれでも平均で140キロ台中盤のスピードというのはプロの世界では決して飛び抜けた数字ではない。そんな村上でもしっかり課題を克服し、強みを伸ばすことで一軍でも一流の成績を残しているというのは、体が大きくない投手にとっては大きな励みとなるはずだ。今後も多くの体格に恵まれない投手に勇気を与える快投を見せてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。