1972年の設立以来、一貫して日本(福井県・鯖江)製の高品質なアイウェアを生み出し続ける「EYEVAN」。その眼鏡をかけた仕事人たちを写真家・操上和美が撮り下ろす連載「人生を彩る眼鏡」の第22回はミュージシャン・山口一郎。「人生を彩る眼鏡#22」
PERSON 72
ミュージシャン/山口一郎

“いい違和感”があるものに惹かれます
眼鏡のイメージが定着している山口一郎さん。実は視力は良く、これまでかけていたのはダテ眼鏡だったという。
「視力はずっと2.0で、度が入っているものをかけるようになったのは、つい最近なんです。以前ストレスで肌荒れがひどかったときに、『眼鏡をかけると肌に視線がいかなくなるよ』とヘアメイクの方に提案されたのが、使い始めたきっかけでした」
以来、自身にとって欠かせないアイテムに。かけなくなったものはスタッフや友人に譲ることも多いが、「それでも手元には30~40本ほどある」のだそう。そして、その約4割がアイヴァンブランドのものだという。
「とくに、EYEVAN 7285には自分にしっくりくるものが多いですね」とのことで、今回選んだのも同ブランドのもの。最新作となる「1012」は、1980年代を彷彿とさせる大きめのメタルフレームで、少し垂れ気味のボストンシェイプが印象的だ。
「これまで細いメタルは自分の顔に合わないというか、カッコよくなり過ぎるイメージがあったんです。でも、これは自然にかけられました。自分が最近よく着ているコム デ ギャルソンや、ポール・ハーデン、マルジェラの服にも合いそうだなと思って。今後の自分のスタンダードになりそうです」
そんな山口さんの、眼鏡選びの決め手とは?
「“いい違和感”ですね。これは自分が音楽を作るうえでも重要視していて、混ざり合わないものが混ざったときに生まれるいい違和感は、人を惹きつけるものになると考えているんです。きっと眼鏡も、長い歴史のなかでものすごい種類のデザインがあって、それをリバイバルして時代に合わせ、デザイナーによっても変化するなかで、いろいろなものが混ざりあっているはずで。そうして生まれるいい違和感に、惹かれることが多いです」
元には戻れない。“新しい自分”として臨んだ楽曲制作
今回選んだ眼鏡は、度付きにする予定。というのも、2025年2月に発表された新曲「怪獣」の制作過程において、長時間パソコンに向かっていたことで遠くが見えにくくなったからなのだという。
現在、山口さんはうつ病を抱えながら音楽活動を続けている。今なお症状が一進一退を繰り返すなか、長い時間をかけて完成させたこの「怪獣」は、配信リリース日にSpotify Japanデイリーチャートで1位を獲得。その後も好調を維持している。
「以前は、曲が受け入れられるための作為性みたいなものをコントロールして作っていたところがありました。でも病気になり、自分自身をコントロールできなくなり、無茶もできなくなるなかで、“世の中にどう響かせるか”を考えるより、もっと自分が作っているものに集中できるようになったというか。新しいスタイルで臨んだ結果、たくさんの方に聞いてもらえたことは自信になりましたね」
困難な状況を乗り越えるのではなく、潮の満ち引きに身を任せるように乗りこなす。それならば、新しい壁が立ちはだかっても前に進んでいける。そう話す山口さんは、新しい自分を構築していく過程を、自身のSNSやYouTubeチャンネルのライブ配信でもさらけ出してきた。
「現在はリアルタイムでミュージシャンが自分の言葉を発信でき、自分がメディアになれる時代です。それは、人間性も音楽の一部になってきたということだと捉えていて。今回『怪獣』をリリースしたときも、テレビやラジオのプロモーションは一切やらず、自分たちのメディアからしか発信しなかったんです。そこで嘘偽りなく、リアルな自分をさらけ出したことで、曲に対する目に見えない質量みたいなものが高まってくれたのかなと。そういう意味では、この先音楽の聴かれ方がどうなっていくのか、その実験として配信をしている側面もあります」
SNSやYouTubeの登場で生まれた変化により、新たな目標も見えてきた。
「以前は、音楽やファッション、映画でも『1970年代って、こういう時代だよね』という時代ごとの色がありましたよね。それが2000年代に入り、急に音楽とファッションが乖離し始めたような気がして。でも2020年代は、好きなミュージシャンが買った服や眼鏡のブランドをSNSで知り、それを真似してみよう、という形で音楽とファッションがまたつながり始めたように感じているんです。だから、自分の作るものがファッションや、そのほかのカルチャーとつながるような活動をしていけたらと思っています。そうしたハブになれたら、セールスとは違った形で音楽史に爪痕を残せるのかなって。そういう野望はありますね」
山口一郎/Ichiro Yamaguchi
1980年北海道生まれ。5人組バンド「サカナクション」として、2007年にメジャーデビュー。ほとんどの楽曲で、作詞作曲を手がける。2015年に自身が主宰する「NF」をスタートさせ、カルチャーをミックスした多様なプロジェクトを展開。2023年には作り手とコラボレーションし、製造背景にもフォーカスをあて発信するプロジェクト「yamaichi」を発足。同年3月には初の単著『ことば 僕自身の訓練のためのノート』、2024年に同シリーズ2作目を刊行している。2025年2月、NHKアニメ『チ。 ―地球の運動について―』主題歌「怪獣」をリリース。現在、全国ホールツアー「SAKANAQUARIUM 2025 “怪獣”」公演中。
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