どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。今回は吉田正尚。
2009年6月6日 高校野球春季北信越大会 対桜井高戦
現在のプロ野球で最も安定した打力を誇る選手と言えば、多くの人が吉田正尚(オリックス)と答えるのではないだろうか。プロ入り当初は腰痛に苦しんでいたが3年目の2018年からは全試合に出場して3年連続で打率3割をマーク。昨年は初のタイトルとなる首位打者を獲得すると、今年も前半戦終了時点で打率、出塁率、安打数でパ・リーグのトップを走っている。
豪快なホームランも放ちながら、三振の数は規定打席に到達している打者では最少となる19と、まさに長打力と確実性を高い次元で両立している打者と言えるだろう。現在行われている東京オリンピックでも不動の中軸として見事なバッティングを見せている。
そんな吉田のプレーを初めて見たのは2009年6月6日に行われた高校野球春季北信越大会、対桜井戦だった。吉田は北陸でも屈指の強豪である敦賀気比にあって入学直後の1年生ながら4番、レフトで先発出場。第1打席でセンター前へ鋭く弾き返すタイムリーを放ち、チームの勝利に貢献している。
当時のノートには「1年生でまだまだ体つきは小柄だが、明らかに他の選手と比べてヘッドスピードが違う」という記載が残っており、当時から将来性の高さが感じられたことはよく覚えている。この後の夏の福井大会でも6割を超える打率を残して甲子園に出場。1回戦で帝京に敗れたものの、チーム唯一の得点を叩き出すレフト前タイムリーを放って存在感を見せている。しかしノートにもあるように当時のプロフィールを見ると170cm、67㎏と小柄で、翌年春にも選抜高校野球に出場しているが、当時はプロで中軸を打つような選手になるというイメージは湧かなかった。
プロからの評価を不動のものにした青山学院大での2試合
そんな吉田の印象が大きく変わったのは青山学院大進学後だ。大学で最初にプレーを見た2012年5月1日の対中央大戦では1年生ながら6番、DHで出場し、鍵谷陽平(巨人)からいきなりライト前ヒットを放ったが、そのスイングの強さと打球の速さはレベルの高い東都大学野球の中でも目を見張るものがあった。高校3年夏は福井大会で敗れて甲子園出場を逃しているが、体つきも明らかに大きくなっており、大学進学までの期間にしっかり鍛えてきたことが伺えた。
吉田はその後、3年秋までの6シーズンで4度のベストナイン(指名打者で2度、外野手で2度受賞)に輝くなど東都大学リーグを代表する選手へと成長。3年秋の入替戦で敗れて4年時は二部リーグでプレーすることとなったが、東都二部は他のリーグの一部と変わらないレベルであり、そこでも2シーズンで8本塁打と圧倒的な成績を残している。そして吉田の評価を不動のものとしたのが公式戦ではない2試合でのバッティングだった。1試合目が2015年6月29日に行われた大学日本代表の壮行試合である。相手はNPBの若手中心の選抜チームだったが、当時ルーキーだった高橋光成(西武)のストレートを完璧にとらえて右中間へ運んでいる。この試合は創価大の3年生だった田中正義(ソフトバンク)がプロを相手に7連続三振をマークして大きな話題となったが、打者で最もインパクトを残したのは間違いなく吉田だった。
そして、もう1試合が約2か月後の8月26日に甲子園で行われたU18日本代表の壮行試合だ。大学日本代表の4番として出場すると第3打席で上野翔太郎(三菱重工East)のストレートをライトスタンドへ叩き込むと、続く打席ではサウスポーの高橋樹也(広島)のスライダーをセンターバックスクリーンまで運んでみせたのだ。この2試合には全12球団のスカウトはもちろん、GMなど編成トップも多く足を運んでおり、そんな注目度の高い試合で完璧なバッティングを見せるというのは高い技術と気持ちの強さの表れと言えるだろう。
前述したようにプロでは最初の2年間はフルスイングの影響による腰痛に悩まされたが、フォロースルーで左手を離すフォームへと変更したことで腰への負担を軽減させ、3年目以降はシーズンを通して安定した打撃を見せている。また高校1年時に67㎏だった体重は現在85㎏まで増えているが、その体つきを見てもかなりのフィジカル強化に取り組んできたことが伺える。この状態を維持することができれば、近い将来メジャーの舞台で活躍することも十分に期待できるだろう。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。