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2021.07.22

高校2年秋、背番号11の大谷翔平が放ったレフトフライに感じた長距離砲としての可能性

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。本連載「スターたちの夜明け前」では、そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。第9回はいまや全米をも熱狂の渦に巻き込むロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平を取り上げる。

【第8回 伊藤大海(日本ハム)】

花巻東高校時代の大谷翔平。読売新聞/アフロ

2011年10月8日 秋季東北大会 日大山形高戦

全米を含む現在の野球界で最も注目を集める選手となると、大谷翔平(エンゼルス)であることは間違いないだろう。前半戦だけで日本人選手としては最多となる33本のホームランを放ち、先発ローテーション投手としても4勝をマーク。残念ながら優勝は逃したものの、オールスターゲームでは投手として初めてホームランダービーにも出場して話題となった。これまでの常識を覆すプレーぶりに、現地のファンからは早くもMVPコールが起こる場面も見られる。

筆者も当然高校時代から大谷には注目してきたが、メジャーでここまでの活躍を見せるとは全く想像することができなかったというのが本音である。もっと言えば注目してたのはあくまでもそのピッチングであり、バッティングを見る時には「良いピッチャーの打撃」という観点でしか見ていなかった。そして、それは大谷自身も持っていた感覚ではないだろうかと筆者は感じている。

それをよく表しているのが、大谷が高校1年の時に書いた目標設定シートである。通称"マンダラチャート"と呼ばれるもので、9マスの中心に達成したい大きな目標を書き、周りの8マスにそのために必要な要素、そしてその8項目を更に細分化してやるべきことを洗い出すというものである。

大谷のこの時の目標は『ドラ1、8球団』となっているが、そのために必要な8項目は「体つくり」「コントロール」「キレ」「メンタル」「スピード160km/h」「人間性」「運」「変化球」となっており、打撃に関することは一切触れられていない。あくまでも投手としてのプロ入りを考えていたことがよく分かるだろう。

そんな大谷の高校時代のプレーを実際に初めて見たのは、2年夏に出場した甲子園の帝京戦だった。この時の大谷は左股関節と太ももを痛めていた影響もあって、3番ライトで出場。4回途中からマウンドに上がり、最速は150キロをマークしたものの左脚をかばうようなフォームで明らかに本調子ではなく、5回2/3を投げて4失点で負け投手となっている。またバッティングでは第4打席にレフト前への2点タイムリーヒットを放っているが、どちらかというとパワーや長打力よりも上手さが目立つタイプだと感じた。

大谷のバッティングが本格的にプロからも高い注目を浴びるようになったのは翌年春の選抜で、大阪桐蔭のエースだった藤浪晋太郎(阪神)からホームランを放ってからだが、その前に長距離砲としての片鱗を感じた試合がある。それが2011年10月8日に行われた秋季東北大会の日大山形戦だ。この時も大谷は左股関節の故障が完治しておらず、背番号11をつけてベンチスタートとなっている。

そんな大谷に出番が訪れたのは2点を追う8回裏だった。ノーアウト一・二塁のチャンスに代打で登場し、レフトフライに倒れているが、この時の打席は今でもよく覚えている。打った瞬間は平凡なフライだと思われた打球はなかなか落ちてくることがなく、レフトフェンスの一歩手前まで到達したのだ。対戦した相手は左の技巧派投手であり、その緩い変化球を無理に泳ぐようにして振ったスイングだっただけに、その飛距離には本当に驚かされた。

「フリーバッティングでもお金をとれる」

最後にプロ入り後になるが、そんな大谷のバッティングに驚かされたエピソードを一つ紹介したい。2016年11月10日、侍ジャパンの強化試合に出場するオランダ代表が調整で社会人野球の関東選抜チームと試合を行っており、当時Hondaに所属していた永野将司(ロッテ)を目当てに会場である東京ドームに足を運んだ。

試合終了後、スタッフの方の計らいで侍ジャパンの練習を見学させてもらうことができたのだが、そこでの大谷のバッティングは今まで見たどんな選手よりも凄まじいものだったのだ。プロだから当然と思われるかもしれないが、この時のチームには中田翔(日本ハム)、筒香嘉智(当時DeNA)、山田哲人(ヤクルト)などそうそうたる強打者も参加しており、その中でも大谷の打球の速さと飛距離は群を抜いていたのである。以前に日本ハムの吉村浩GMから『大谷のフリーバッティングはお金がとれますよ』という話を聞いたことがあったが、まさにお金を払って見ていても満足できるものだったことは間違いない。

前述したように大谷自身も高校時代は投手としての成長にしか目は向いていなかったはずだが、投打両面の才能を伸ばそうとして野手にも目を向けさせた日本ハム関係者の判断は球史に残る英断と言って良いだろう。そして一人のスーパースターが与える影響は計り知れないものであり、本気で二刀流を目指す選手はまた出てくるはずである。近い将来、日本からまた世界を席巻するような大谷に次ぐ選手が登場することにも期待したい。

【第8回 伊藤大海(日本ハム)】

Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。

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スターたちの夜明け前

どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。

TEXT=西尾典文

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