どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。本連載「スターたちの夜明け前」では、そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。第8回は東京五輪代表に選出された日本ハムのルーキー、伊藤大海を取り上げる。
2018年6月13日・全日本大学野球選手権2回戦 慶応大戦
6月16日に東京オリンピックの野球日本代表選手が発表されたが、故障とコンディション不良で会沢翼(広島)、中川皓太(巨人)、そして先発の柱と見られていた菅野智之(巨人)が出場を辞退。そんな中で梅野隆太郎(阪神)、千賀滉大(ソフトバンク)という実績抜群の選手とともに追加召集されたのがルーキーの伊藤大海(日本ハム)だった。7月4日終了時点でチームトップタイとなる6勝をマーク。セ・パ交流戦では3勝0敗、防御率0.90という圧巻の成績を残し、特に活躍が目立った選手を表彰する「日本生命賞」を受賞するなどもはやチームのエース格とも言える存在となっている。
そんな伊藤のピッチングを初めて見たのは高校2年で出場した'14年春の選抜高校野球、対創成館戦だった。この試合で伊藤は背番号15ながら先発を任せられると、相手打線をわずか3安打に抑え込んで完封勝利を飾っている。ただストレートの最速は139キロでアベレージは130キロ台前半とそれほど目立った速さがあったわけではない。この時のノートにもフォームの良さには言及した記述はあるものの、173㎝、67㎏(当時)という投手として小さな体つきもあって、正直将来プロ入りするような投手になるという印象ではなかった。
駒大を中退し、地元北海道の苫小牧駒沢大へ
そんな伊藤のイメージが一変したのが4年後の'18年に行われた全日本大学野球選手権だ。伊藤は高校卒業後、一度駒沢大に進学しているが、1年秋に中退し地元北海道の苫小牧駒沢大へ入学し直している。大学野球の規定により1年間は公式戦に出場することができず、この春が2年ぶりのプレーだったがいきなりエース格となってチームを全国大会出場に導いたのだ。
1回戦の日本文理大戦で完投勝利をマークしているが、現場でその投球を見たのは続く2回戦の慶応大戦。この試合で伊藤は5回途中、7失点で負け投手となっているが7奪三振をマークしており、最速149キロのストレートは高校時代とは完全に別人の威力を誇っていた。試合後に慶応大の林卓史助監督(当時)も「大学生の投手じゃない。すぐにプロで投げるべきです」と話していたが、試合に大勝した相手チームの指導者からこのような言葉が出るところにも伊藤の凄さがよく表れていると言える。そして伊藤が大きく崩れた試合を見たのはこれが最初で最後だった。
その後、伊藤のピッチングを見る機会は合計で5度あったが、なかでも強烈なインパクトを残した試合が2つある。一つ目が'19年秋に行われた大学日本代表候補合宿での紅白戦だ。その名の通り全国から有力な大学生選手を集めて行われる強化合宿だが、伊藤は2日目の紅白戦で先発のマウンドに上がると打者6人を相手にパーフェクト、4奪三振という圧巻のピッチングを披露。しかも投じた30球のうち29球がストレートであり、まさに力で大学球界を代表する選手たちを抑え込んで見せたのだ。この合宿には早川隆久(楽天)、鈴木昭汰(ロッテ)、入江大生(DeNA)など後にドラフト1位でプロ入りする同期選手も参加していたが、彼らが霞むくらいの伊藤のピッチングだった。
そしてもう1試合が'20年9月21日に行われたリーグ戦の対函館大戦だ。大学日本代表ではクローザーを任されていたことから、前述した代表候補合宿の時のようにストレートで押しまくる投球をすることが多かったが、この日は先発ということもあってあらゆる球種を駆使した投球を見せる。140キロ近いカットボールと120キロ台後半のスライダー、130キロ台のツーシームと120キロ前後のツーシームと対になるボールを2種類ずつ操り、140キロを超えるフォークもブレーキ十分。更に100キロ程度のスローカーブ、110キロ台の普通のカーブと緩急をつけるボールも2種類投げ分け、どのボールもしっかりとコントロールしていたのだ。
ストレートも立ち上がりからその多くが150キロを超え、平均球速はプロでも上位となる147.8キロをマークしている。試合は0対0のまま延長戦に突入し、最後は味方のエラーも絡んでサヨナラ負けを喫したが、ここ数年で見た大学生投手の中でもナンバーワンだったことは間違いない。抑えと先発の両方で違うスタイルでここまで高レベルなピッチングを見せた投手は、自分が見てきた中でも伊藤だけといってもよいだろう。
現在はチームで先発を任せられているが、リリーフとしても力を発揮できるという点は大きな魅力である。東京オリンピックでどのような起用になるかはまだ分からないが、どの役割を任されてもきっと胸のすくようなピッチングを見せてくれることだろう。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。