日米通算200勝目前に迫る、楽天・田中将大がスターとなる前夜に迫った。連載「スターたちの夜明け前」とは……
野茂英雄、黒田博樹に続く大記録達成間近
いよいよ開幕した今年のプロ野球。毎年多くの記録が達成されるが、2023年再注目といえるのが田中将大(楽天)の日米通算200勝ではないだろうか。
2013年には24勝0敗という驚異的な成績を残すなど、チームのエースとして活躍。
ヤンキースに移籍後も6年連続で二桁勝利をマークし、その実力がメジャーでも一流であることを証明した。
2021年に楽天に復帰してからは4勝、9勝と不本意な成績が続いたが、昨シーズン終了時点までに積み重ねた勝利数は190。
順調にいけば野茂英雄(元近鉄など)、黒田博樹(元広島など)に続く3人目の大記録達成も十分に可能といえるだろう。
大型捕手として期待された高校1年生
駒大苫小牧では2年夏に甲子園優勝投手となり、3年夏には早稲田実の斎藤佑樹(元日本ハム)と延長再試合を演じるなど、高校時代から“世代最強”の呼び声が高かった田中だが、意外なことに全国デビューは投手としてではなかった。
田中が初めて全国大会に出場したのは1年秋の明治神宮大会だったが、この時は背番号2をつけて主に捕手として出場している。
プレーを初めて見たのは初戦の対新田戦。5番、キャッチャーとして出場すると、第1打席でレフト前ヒットを放ち、守備でもセカンドまで一直線に届くスローイングを連発し、チームの勝利に大きく貢献した。当時のノートを見返してみると、以下のようなメモが残っている。
「松橋(拓也・当時のエース)の140キロを超えるストレートを難なく捕球し、1年生とは思えない落ち着いたプレーが目立つ。少しモーションは大きいものの、セカンド送球の勢いは素晴らしく、特にベース付近でのひと伸びが凄い。(中略)バッティングも踏み込みが強く、外のボールを強く引っ張ることができる。大型捕手として楽しみな素材」
プレー以外の面でも、投手の松橋や守備陣に対しても積極的に声をかける姿も1年生離れしたものがあったのをよく覚えている。
続く羽黒戦では7番、ピッチャーとして先発。ストレートの最速は141キロをマークし、投手としても非凡なものを見せたが、結果は6回を投げて被安打10、4失点で負け投手となっている。
小学校時代はキャッチャーとして当時ピッチャーだった坂本勇人(巨人)とバッテリーを組んでいたという話は有名だが、高校1年秋の段階でも投手より捕手の才能が光っていたことは間違いない。
投手として開花した高校2年生
そんな田中の投手としての評価が一変したのが翌年春の選抜高校野球だ。この大会で田中は背番号10の控え投手として出場。
初戦で戸畑を相手に被安打6、1失点で完投勝利をマークしているが、さらに素晴らしかったのが続く2回戦でのピッチングだ。チームは神戸国際大付のエース、大西正樹(元ソフトバンク)に1安打完封負けを喫したが、6回から3番手で登板した田中は4イニングをパーフェクト、5奪三振の投球を見せたのだ。
当時のノートを見ても、絶賛の言葉が並んでいる。
「体つきが一回り大きくなり、神宮大会の時と比べてフォームの躍動感もボールも明らかにアップした印象を受ける。体重がしっかり左足に乗るようになり、指にかかった時のボールの勢いは2年春とは思えない。リリーフということもあるが、立ち上がりからエンジン全開で、ストレートも変化球も腕の振りは素晴らしいものがある。(中略)スライダーの時は肘が下がるが、それでも手元で鋭く変化するので打者は手が出る。フォークは上から腕が振れ、ブレーキも十分。すべてのボールが決め球として使える」
この大会で田中の評価は完全に投手のほうが上となり、その後は二度とマスクをかぶる姿を見ることはなかった。
捕手に専念していたらどんな選手になっていたかという楽しみももちろんあるが、これだけ短期間に劇的に評価を上げる選手もなかなかいない。その後出場した2度の夏の甲子園での活躍ぶりは冒頭で触れたとおりである。
今シーズンの田中は開幕投手を任され、新球場の開場に沸く日本ハムを相手に6回途中1失点の好投で日米通算191勝目を手にした。
試合後には独特の雰囲気のなかでの投球にも「僕には経験があるので、慌てることなく、しっかりと地に足をつけて投げることができました」と語っているが、プロでの豊富な経験はもちろん、捕手としてプレーしていたこともプラスになっているのではないだろうか。
年齢的にも投球内容的にもまだまだ余力は十分に感じられるだけに、日米通算200勝の大記録も通過点として、更に勝利を積み重ねてくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは……
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。