パリ五輪競泳日本代表の主将に、2022年世界選手権100mバタフライ銀メダルの水沼尚輝(27歳・新潟医療福祉大職)が就任した。2019年の初代表から6年目。北島康介、松田丈志、入江陵介ら歴代主将と比べると一見地味ではあるが、仲間を後方から支える自分らしいリーダー像を描き、チームをまとめている。連載「アスリート・サバイブル」
皆の背中を上手に押してあげるリーダー
意外な人選だった。2024年3月の競泳国際大会代表選考会後に実施された、パリ五輪日本代表の1次合宿。日本水連競泳委員長の梅原孝之監督(53歳)から主将が発表された。
水沼尚輝、代表6年目の27歳。男子100mバタフライで2022年世界選手権ブダペスト大会で銀メダルを獲得したが、2023年世界選手権福岡大会は予選19位で敗退。代表選考会で派遣標準記録を突破した上位2選手が選出されるパリ五輪代表にも、2位で滑りこんだ。
「僕自身初めてのキャプテンなので、正直右も左も分からないところはあるが、これまでの経験を活かしてやっていきたい。リーダーになって先導するというよりは、皆の背中を上手に押してあげるというようなイメージで動いていこうと思っている」
歴代の主将には平泳ぎ2大会連続2冠の北島康介を筆頭に、2004年アテネ五輪200mバタフライ銀メダルの山本貴司、2012年ロンドン五輪200mバタフライ銅メダルの松田丈志、2016年リオデジャネイロ五輪女子200m平泳ぎ金メダルの金藤理絵、2012年ロンドン五輪で銀メダル2つ、銅メダル1つを獲得した入江陵介ら錚々(そうそう)たる顔ぶれが並ぶ。
過去のビッグネームと比べると水沼は地味だが、チーム内の信頼は厚い。日本水連関係者の評価を総合すると、コミュニケーション能力が高く、裏表がない、チームを第一に考えられるタイプ。梅原監督も「経験が豊富でまとめる力があると判断した」と太鼓判を押す。
200mバタフライで2021年東京五輪の銀メダルを含め、世界大会4大会連続メダル獲得中の本多灯(22歳・イトマン東京)は水沼を、「誰よりも優しくて、誰よりもアツい選手。ついていきやすい」と絶賛し、分厚い胸板などの外見から「ゴリラお兄さん」の愛称で慕っている。
パリ五輪代表はメンバー27人(男子14、女子13)のうち、初代表が13人。10代選手が6人を占め、平均年齢は22.85歳と若い。
水沼は「今回は若手も多い。そういう選手たちとしっかりとコミュニケーションをとって、みんなが居心地の良いチームにできれば。その辺りを意識してチーム作りをやっていきたい」と抱負を述べた。
前世は魚!? 松元克央との同級生タッグにも注目
幼少時代は栃木県の実家にある観賞用の池で鯉(こい)と一緒に泳ぐのが大好きで、家族から「前世は魚だったんじゃないか…」と言われていた逸話の持ち主だ。
2022年10月に腰痛を発症して一時はスランプに陥ったが、苦境を逆手に取りフォームを改善。2022年6月に50秒81の日本記録を出した泳ぎを一新し、パリ五輪に間に合わせた。
副主将には、2019年世界選手権200m自由形銀メダルの松元克央(27歳・ミツウロコ)が就任。2021年12月の世界短水路選手権でも水沼が主将、松元が副主将を務める予定だったが、コロナ禍で日本選手団の派遣が中止された経緯があり、幻の同級生タッグがようやく実現する。
2021年東京五輪は水沼が準決勝、松元が予選で敗退して、ともに決勝に進めなかった。ふたりにとって、パリ五輪は3年前のリベンジの舞台になる。
水沼は2024年3月31日に行われた日本水連主催のスポンサーを集めたパーティーで、「ここから4ヵ月、血へどを吐くようなトレーニングがあると思いますが、応援を力に頑張っていきたい」と力を込めた。
パリ五輪で競泳ニッポンが掲げる目標は金を含む複数メダルの獲得と、全選手の決勝進出。2023年夏の世界選手権では銅メダル2個に低迷した。
真夏の祭典は威信をかけた戦い。派手さはないが、花の都に向かうチームの中心で水沼がいぶし銀の輝きを放っている。
水沼尚輝/Naoki Mizunuma
1996年12月13日栃木県生まれ。作新学園高校から新潟医療福祉大学に進学。2019年からは同大に職員として所属する。本命種目は100mバタフライ。2019年日本選手権の100mバタフライで初優勝して、初の日本代表の入りを果たす。世界選手権には3度出場し、2023年ブダペスト大会で銀メダルを獲得。身長1m81cm。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。