まだまだ先行きが見えない日々のなかでアスリートはどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「コロナ禍のアスリート」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。
0.01秒という世界に涙する
第二の水泳人生で初めて大きな壁にぶち当たった。白血病による長期療養を経て、2020年8月の東京都特別水泳大会でレース復帰してから約1年7カ月。競泳女子の池江璃花子(21=ルネサンス)は昨年4月の日本選手権4冠、昨夏の東京五輪出場など驚異的な復活曲線を描いてきたが、2022年3月2~5日に開催された日本代表選考会で6月にブダペストで開催される世界選手権の出場権を逃した。
4日間の大会期間は激しく感情が起伏した。5種目にエントリーしていたが、開幕前からの計画通り2種目は棄権。3種目に出場した。初日の50mバタフライは相馬あい(24=ミキハウス)に0秒02差で競り負け、25秒78の2位。派遣標準記録にも0秒12届かず「情けないレースをした。気持ちが空回りした」と声を震わせた。
続く種目は大会第3日の100m自由形。54秒02で優勝したが、個人種目の派遣標準記録に0秒06届かなかった。狙っていたのは53秒台中盤。東京五輪代表選考会を兼ねた昨年4月の日本選手権のタイムにも0秒04遅れた。レース後はしばらくプールから上がれず、うつむいたまま肩を震わせて沈黙。テレビインタビューで「自分が情けない。去年から全く成長していないし、なんか…。この1年間頑張ってきたのになんでだろう」と涙。取材エリアには立ち止まらず、西崎 勇コーチに肩を抱えられ、号泣しながらプールを後にした。
大会最終日。'16年リオデジャネイロ五輪で5位入賞した本命種目100mバタフライに最後の望みをかけた。疲労と精神面の消耗もあり、前夜は棄権を考えたが「戦わずして負けるか、戦って終わるか。どちらか選ぶんだったら未来につなげたい」と出場を決断した。予選は体力を温存して59秒59で8位通過。決勝では大幅にタイムを上げて57秒89で優勝したが、派遣標準記録に0秒10届かなかった。
「経験を積んで競技力を上げたい」
東京五輪はリレー種目のみの出場。今季は'17年世界選手権以来5年ぶりの個人種目での世界舞台返り咲きを目標に掲げたが、叶わなかった。100mの自由形、バタフライはリレー種目の派遣標準記録を突破したが、条件を満たす選手が4人揃わなかったため、リレーも出場権を逃した。厳しい結果となったが、号泣していた前日とは一転。最後に涙はなく、すっきりした表情を浮かべた。
「まずは優勝をうれしく思う。今日は勝っても負けても泣かないで帰ることを目標にしていた。ここでしっかり戦えたことには意味がある。代表選考会の難しさを痛感したが、あまり自分を否定しすぎないようにしないといけない。自分は成長している。成長していないわけがない。練習でも去年とは全然違うタイムで泳げている。この試合を試練と思って転機にしたい」
世界選手権代表からは落選したが、6月26~7月7日に中国・成都で開催されるユニバーシアード代表には入った。4月28~5月2日にはアジア大会(9月10~25日、中国杭州)の追加代表選考会を兼ねた日本選手権も控える。
「ユニバーシアードとか他にも試合はある。どんな大会でもいいので経験を積んで競技力を上げたい。代表選考会は今まで経験したことのない苦しさがあったので、今後に生きると思う。同じ苦しみを味わわないために練習を積んでいくだけ」
水中での本格練習再開から、まだ2年足らず。ここまでの復活劇が鮮やかすぎただけで、むしろ足踏みがなかった方が不思議なぐらいだ。大目標はあくまで'24年パリ五輪でのメダル獲得。代表選考会を終えた翌日、池江は自身のツイッターにこうつづった。
「生きてるだけで丸儲け。結果はもちろん大事。だけどそれが全てじゃない。そこまでの過程だったり、楽しいっていう気持ちを忘れないこと。まずここまで戻ってこれたこと、また頑張ろう!!」
苦しんだ分だけ、池江はまた大きくなる。