体操男子のエース橋本大輝(22歳・順天堂大学)は常に挑戦者として競技と向き合っている。2024年夏のパリ五輪は個人総合、種目別鉄棒の連覇が懸かる大舞台。前回王者、2023年世界選手権覇者として優勝候補に挙がるが、守りに入るつもりは一切ない。過去の自分を超えることを目標に攻めの姿勢を貫いていく。連載「アスリート・サバイブル」
エースの重圧に押しつぶされそうになった
2024年はパリ五輪を控える勝負の年。特別な1年になるが、橋本大輝の思いはここ数年変わっていない。
「毎年新年に思うことがある。結果を出した昨年を忘れて、挑戦者になって1位を狙う。金メダル獲得には守ることではなく攻めることが必要。チャレンジャーの気持ちを忘れずに謙虚にやっていきたい」
プレ五輪イヤーは、激動のシーズンだった。2022年から腰痛を抱えていたが、2023年1月に疲労骨折していたことが判明。約2ヵ月間は痛みのでる床運動や跳馬のトレーニングをできなかった。
「最悪のスタート。自分自身の感情をコントロールするのが難しかった」と骨折発覚直後は気持ちが沈んだが、患部に負担の少ないあん馬、つり輪の練習に打ち込むことで不安を打ち消す。
床運動と跳馬の練習再開は3月下旬にまでずれ込んだが、「あん馬の完成度が上がり、つり輪の力技も強くなった。良いことだらけ」とポジティブに捉えた。
2023年秋の世界選手権(ベルギー・アントワープ)では、個人総合で史上4人目の2連覇を達成。2009~2015年に6連覇した内村航平以来、日本勢として2人目の快挙を成し遂げる。種目別鉄棒、団体総合でも金メダルを獲得。日本人選手の3冠も内村以来の偉業だ。
憧れの先輩の背中を追わなくなったことで、ひと皮むけた。ここ数年は壁に当たった時に「航平さんならどうしただろう」と自身と内村を比較して悩むことが多かったという。
日本体操界のエースのバトンを託された重圧にも苦しんだ。考え抜いた末に「橋本大輝は橋本大輝。自分の戦い方や、やり方がある」と達観。内村との比較をやめて自身と向き合うことで、競技を始めた頃の原点でもある“自分を超える楽しさ”を思いだした。
世界選手権には内村がコーチとして同行。橋本は「(内村に)いろいろな質問をしたんですけど“大輝なら大丈夫”の一点張りで何も教えてくれませんでした」と冗談交じりに回想したうえで、内村から「大輝は俺の背中を追いかけないでよかったね」と言葉をかけられたことを明かした。
日本体操協会の2023年の年間表彰式で、橋本は3年連続の最優秀選手賞を受賞。
「2019年の初代表から4年目。世界選手権の団体で初めて金メダルを取れたことを嬉しく思う。団体総合、個人総合、種目別鉄棒の3冠はパリ五輪に向けていい結果だった。体操ニッポンを応援して下さる皆様のおかげ」と感謝の言葉を述べた。
「パリ五輪では人の心を動かす演技をして、金メダルを取る」
2023年は野球のWBC、ラグビーW杯、バスケ男子W杯など日本の団体球技が世界舞台で活躍した年だった。
「(2023年は)WBCに押されて悔しいなと思うところもある。今年はパリ五輪で金メダルを取って『2024年はどのスポーツが一番活躍した?』という質問に、全国民の皆さんに『体操』と言っていただけるように頑張りたい」と目標を掲げた。
パリ五輪では個人総合、種目別鉄棒の2連覇、団体総合では2016年リオデジャネイロ五輪以来、2大会ぶりの金メダルに挑む。
「五輪で金メダルをとることは難しい。本番までケガには十分気をつけながら、自分を追い込みたい。自分の演技、自分たちの演技をすることが、金メダルへの近道。見ている方々の心を動かす演技をしたい」
個人総合を史上最年少の19歳で制した2021年東京五輪から3年。体操競技の価値を上げ、体を動かす楽しさを日本国民に伝えるという高い志を持ち、花の都に栄光の架け橋を描く。
橋本大輝/Daiki Hashimoto
2001年8月7日千葉県生まれ。ふたりの兄の影響で6歳から体操を始める。千葉・市船橋高校3年の2019年世界選手権に、白井健三以来史上2人目となる現役高校生の日本代表選手として出場し、団体総合で銅メダル。19歳で迎えた2021年東京五輪では個人総合で史上最年少王者に輝き、種目別鉄棒と合わせて2冠、団体総合銀メダルを獲得した。2024年4月からはセントラルスポーツに所属する。身長1m67cm。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。