2023年5月に引退後、新たなアイスショー「滑走屋」を立ち上げたフィギュアスケーター・高橋大輔。エンターテインメントとしてアイスショーはどう進化していくべきか、組織を統括する立場として、どう現場のスタッフと接しているのか。“仕事人”としての高橋の姿に迫る。【その他の記事はこちら】
初めて自身で総合プロデュースした「滑走屋」
2024年、高橋大輔は2つの大きなアイスショーを抱えていた。1つは、1月に実施したこのインタビューの2週間後に公演を控えた新しいアイスショー「滑走屋」(福岡)、そしてもうひとつは6月に開催される「氷艶2024」(神奈川)だ。
「『滑走屋』は初めてすべてを自分自身でプロデュースをするアイスショーで、今回は振付けに、スケートの振付師ではない方を迎えました。スケートらしくない振付けをどうスケートで活かすかという面で、新鮮さを出していけたらなと思って。さらに今回は、アイスショーに出たことがないような選手も出るので、どうなるか本当に読めなくて(笑)。とにかく、一般のアイスショーではあまり見られない雰囲気のものをつくりたい、そこに一番力を入れています」
「滑走屋」の新たな試みは、振付けだけに止まらない。出演者は、高橋が自ら地方大会に足を運び、成績にかかわらず魅力的な滑りをする選手をスカウトした。チケットの価格や演出方法も従来のアイスショーと違った発想で、ファン層の拡大に挑んだ。
「アイスショーは、会場に氷を張ったり有名スケーターを呼んだり、チケットが高額になってしまう傾向があります。でも、『滑走屋』は、なるべくいけるところまで価格を抑えました。開催地である九州は、スケートの試合やショーがたくさんある場所ではないので、生でスケートを見たことがない方がたくさんいると思います。慣れていない方に、2時間の公演は長いんじゃないか、1時間15分くらいの方が気軽に楽しめるのではないかと考え、時間を短くして公演回数を増やして。
エンターテインメントの変化は激しく、フィギュアスケートのアイスショーも変わっていかなければいけない。僕自身、好きでいろんな舞台を見に行くのですが、似たようなものがあるよりは、それぞれが特色を出して進化していかないと、お客さんも離れていくのかなと思うこともあって。当たるか当たらないかはやってみないとわからないですし、正直、時間が足りなくて『しくったな』と思うくらい大変ですけど(笑)、もう走り出したので、チャレンジするしかないなと思っています」
プロデューサーとして、公演ロゴやパンフレット、グッズの制作、出演者たちのスケジュール調整、衣装や照明の打ち合わせなど、初めての仕事にも追われた。しかし、そこでスケート業界以外の関係者と密にやり取りをするなかで、気づくことがたくさんあったという。
「やっぱり僕らの当たり前が当たり前ではなかったり、その逆もしかりで。当たり前って怖いなと思いました。同じ世界にずっといると、見方が狭くなるんですよね。違う世界の人に会うと『これは普通の感覚じゃないな』とか気づきがたくさんあって新鮮です。僕らが普通にやっていることを『面白いね』と言ってもらえるという発見もあって、それが次のアイデアにつながることもあります」
新たな気づきを得ながら「滑走屋」プロジェクトを進めていく高橋。プロデューサーとして、円滑に仕事を進めていくために、気をつけていることはあるのだろうか。
「円滑にできてない(笑)。僕、連絡を返すのがめちゃくちゃ遅くて、仕事ができないタイプなんですよ。だけど、頑張って返すようになりました。けど、まだ遅い(笑)。ダメだな〜と思いつつも『いや〜返したくない』って思ったり。改善されつつあるけれど、まだまだです。
あと、はっきり伝えることは意識していて、こちらの考えを汲んでもらおうとは思わないようにしています。嫌だったら嫌だと伝えないと。『これどうなんですかね〜』と『これは嫌です』で、次の日の動きが変わってくるから。嫌われてもいいからはっきり言うようにしていますね」
コミュニケーションの基本は「自分をさらけ出す」
高橋に関わった人は皆、「大ちゃんは優しい」「大輔のために頑張りたい」と口を揃えて語る。高橋自身はあまり自覚していないようだが、観客のみならず、周囲の人間も魅了する彼が、人と接する時に意識していることは「自分をさらけだすこと」なのだという。
「自然体でいることですかね。『自分はこんな人間です』とさらけ出して、あまり隠さないようにしていますね。隠しても、どうせボロが出るし、嘘もバレる(笑)。昔は、自分を良く見せようと思っていたこともありましたが、僕には向いてない。うまくできないんですよね。あと、この人には甘えられるなと思うと、すごく甘えます(笑)。ただ、甘えられるのが嫌いな人もいるので、そこは観察をしつつ反応を見て、接し方に気をつけています」
では、“合わないと感じる人”と出会った時はどうだろうか。
「その場では嫌だなと思うことも、イラッとすることもあるけど、『いいところもあるしな』と、その人のいい部分にフォーカスを当てて考えるようにしています。というか、基本、人とは合わないと思っていて(笑)。期待していない。合えば万々歳、くらいに思っていますね」
「滑走屋」は2月12日に大成功のうちに閉幕。次に取り組むのは2017年から座長を務めている、フィギュアスケートの氷上ならでは演技と感情表現を通じてみせる新感覚のアイスショー「氷艶」シリーズの最新作だ。
「5年ぶりの『氷艶』は、(前回の『氷艶−月光かりの如く−』同様)また宮本亞門さんが演出で入ってくださいました。お芝居は久しぶりなので初心者に戻っている気がしますが、亞門さんにこの5年で成長した姿を見せたいなとも思っています。『なんだこいつ、全然成長してないな』と思われるのはすごく嫌なので(笑)。そして今回は(フォークデュオの)ゆずさんが参加してくださいます。ゆずさんとスケートというのがまだ僕は想像できていませんが、すでに亞門さんのなかにできているであろう世界観を知る日がとても楽しみです」
前回の「氷艶」では芝居やスケートだけでなく見事な歌声も披露した高橋。これまでは、歌舞伎とのコラボレーション(2017年「氷艶−破沙羅−」)や『源氏物語』(「氷艶−月光かりの如く−」)など和のテイストが強かったが、今回は、宮沢賢治原作の『銀河鉄道の夜』を現代版にアレンジするという。氷上に広がる銀河の世界に期待が高まる。
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「氷艶2024 −十字星のキセキ−」
日程:2024年6月8日(土)、9日(日)、10日(月)、11日(火)
会場:横浜アリーナ
主演・高橋大輔、演出・宮本亞門が再タッグを組み、スペシャルゲストアーティストにゆずを迎え、豪華キャストと共に現代版『銀河鉄道の夜』の世界を氷上で創り上げる。公演の詳細は公式ホームページまで。
高橋大輔/Daisuke Takahashi
1986年岡山県生まれ。2002年世界ジュニア選手権優勝。2010年バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権優勝。2012年グランプリファイナル優勝(以上全て日本人男子初)。2006年トリノ五輪、2010年バンクーバー五輪、2014年ソチ五輪の3大会連続日本代表。男子シングル、アイスダンスの2つの競技で世界選手権に出場し、2023年引退。現在はプロスケーターとしてパフォーマンスをしつつ、アイスショーのプロデュース、マンションのリノベーション、寝具開発など様々なことに挑戦している。