都心に家を持ちながら、そこを離れた場所にも居を構える。そんな多拠点ライフを楽しみ尽くしている8名の仕事人のこだわりの邸宅を大公開! 旅先のホテルでは到底かなえることができない多拠点邸宅だからこその醍醐味に迫る。今回は、AHKAH(アーカー)創業者・美術家の福王寺朱美邸を紹介する。【特集 多拠点邸宅】
木のぬくもりを感じ、自然の中で頭をリセットしアイデアと向き合う
軽井沢の森の中、落ち葉のクッションを踏みしめてその邸宅の入り口へと向かう。扉が開くと、ガラス張りの大きな窓から注ぐ太陽光が暖かく迎え入れてくれる。
「ここにいると自然からの学びを得られるんです。私にとって自然は一番の先生ですから、私に新たな学びをくれる、人生の拠点になると思っています」
この邸宅の持ち主、美術家で、ジュエリーブランド、AHKAH(アーカー)の創設者である福王寺朱美氏はそう微笑む。
2023年の春に完成したばかり、全面ガラス張りの2階建ての邸宅は、どこにいても森の木々のゆらめきと、太陽の光を感じることができる。
福王寺氏がこだわったのが、窓の外の木々を絵画のように鑑賞できる窓だ。視界を遮らないよう、窓の外のバルコニーの手すり部分を透明なガラスに、床面は室内と地続きの木板にした。こうすることで森と室内がつながっているような感覚に。さらに天井、柱、ダイニングの棚にいたるまで、多種多様な木材を使用しているため、室内には木ならではのいい香りが微かに漂う。
「AHKAHでは、ジュエリーひとつひとつを自然からインスパイアされてつくってきました。そうしているうちに、もっと自由に作品にしてみたいと思うようになっていき、アートの道へと進んできました」
宝石鑑定士の資格を持ち、父が宝石商でもある福王寺氏は、幼い頃から、水晶や鉱物を身近に感じてきた。現在それらを素材に、アートをつくり出す第一人者として活躍している。硬い素材でありながらも草花などの柔らかい自然物をつくりあげるのも特徴的だ。
「窓から、木々や鳥、小動物など自然の造形を眺めています。そうして、自然と向き合い作品をつくっています」
ここは福王寺氏が自然から教えを受けるアトリエ。今後は年間の1/3はここに籠もり作品づくりをする予定だという。
「この家は、新しく建ててはいますが、前のオーナーさんの建物の構造からなるべく変えないように意識しました。また庭の木も、ほとんどがそのままです」
そう福王寺氏が話す、この邸宅の前オーナーとは、何を隠そう、戦後の日本の復興を支えた知識人・白洲次郎だ。縁あり、白洲家の土地を譲り受けた福王寺氏は、白洲次郎が見ていた景色を残すことに注力した。
「もともと白洲邸が建っていたスペースにほぼ同じ間取りで、この家を設計しました。そうすることで木々の大半を残し、家を建て替えることができたんです。白洲さんが植えた木も残すことができ、この家の窓から眺める庭の風景は、白洲次郎さん、妻の正子さんが当時ご覧になっていたものに近いのではないかと思うと、とても感慨深いです」
0から1を生みだすための思考の場として
福王寺氏は、東京・青山にもアトリエ兼ギャラリーを持っているが、2ヵ所目のアトリエである軽井沢は、東京とはどんな役割の違いがあるのだろうか。
「青山は、年間の半分をギャラリーとして、半分を制作場所として使っています。集中して手を動かす時は青山に籠もることもあります。けれど、0から1を生みだす時、私は一度頭のなかを空にして新しいものを入れたいと思うのです。そういう時は、軽井沢の森の中がいいですね。作品づくりは、実は手を動かす時間より、何をどうつくるか、イメージを構築する時間のほうが長いので。自然の中で頭をリセットして、アイデアと向き合う、ここはそんな場所です」
白洲次郎も見ていたであろう、木立の中で、福王寺氏の次なる作品は育まれる。
The Essence of House
白洲邸の木々を極力残す設え
白洲次郎邸があった場所に家を建築。庭の木々の大半を残し、当時の趣きを大切にした。
リラックスできるよう木材を多用
ウォールナットやチーク材で構築された木造。ブラインドも木製にして、安らぎの空間に。
玄関に作品を飾り客人をお出迎え
水晶や鉱物を使った作品を日当たりのいい玄関に展示。日光で輝く様子を楽しめる。
Data
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町
敷地面積:2,579㎡
延床面積:364㎡
設計者:坂倉建築研究所
構造:木造
福王寺朱美/Akemi Fukuoji
1997年ジュエリーブランドのAHKAH(アーカー)創業。日本各地に加え、アジアやパリなどにも店舗をかまえる。2018年から美術家としての創作をはじめる。宝石や水晶、鉱物を軸に立体作品や絵画を制作する。
この記事はGOETHE 2024年3月号「総力特集:多拠点邸宅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら