都心に家を持ちながら、そこを離れた場所にも居を構える。そんな多拠点ライフを楽しみ尽くしている8名の仕事人のこだわりの邸宅を大公開! 旅先のホテルでは到底かなえることができない多拠点邸宅だからこその醍醐味に迫る。今回は、起業家・アートコレクターの川崎祐一邸を紹介する。【特集 多拠点邸宅】
日常のなかにアートがある。その心地よさを感じてもらうための家
その家の玄関で客人を出迎えてくれるのは、奈良美智氏の立体作品。大きな窓の前に設置されたこの作品は、ガラスの向こうの木々を背に燦々(さんさん)と太陽光を浴びていた。
「自然を背景に日光が作品を照らす、そんな場所にこれを置いてみたい。奈良さんの作品ありきで、玄関スペースを設計しました。春夏は森の緑、秋は紅葉、冬はちらちら舞う雪が作品の背景になってくれるんですよ」
起業家でアートコレクターの川崎祐一氏はそう話す。奥に進むと、大きなワンフロアに絵画や彫刻が並ぶリビングが現れた。
まず目に入るのが、画家の花井祐介氏がこの家のために描いたという絵画。リスの吹き出し部分に訪れた人が自由な言葉を入れることで、作品が成立する仕組みだ。部屋の奥には、鹿の頭部の剥製を透明の球体で覆った名和晃平氏の「PixCell-Deer」も飾られている。
「僕は、アートって特別なものではないと思っています。友達の家に遊びに行ったら壁に絵がかかっていて、なんとなくいいと感じた。そういう出合いもあると思うんです。日常のなかにアートがあることの心地よさ、それを感じてもらうために僕はこの家を建てました」
窓を開ければ爽やかな森の風が吹きこんできて、その風にのってダイニングからコーヒーのいい香りが漂ってきた。そのコーヒーを飲みながら寛いでいると、圧巻のコレクションも日常の背景のひとつに感じられる。
「たとえアートに興味がなかったとしても、なんとなく作品の気配を感じる空間。そういう場所を僕はつくりたかったんです」
2011年にWEB広告のマーケティング事業などを手がける会社を立ち上げてから、東京でひたすら仕事に没頭してきた川崎氏。2023年、念願だったという別荘を森の中に建て、現在は一ヵ月の半分を過ごしている。
「夕方になれば森の中は暗くなり熊や鹿などの動物が出るので、16時以降は外出しません。東京だとこれからという時間ですから、対照的な生活ですね(笑)。けれど森の中は時間の流れがゆっくりで、仕事のアイデアも浮かびやすいんです」
川崎氏は東京の自宅にも数々のアートを飾り、客人を楽しませているが、別荘と東京の家では展示する作品が違うという。
「東京の家には、刺激的な作品を、こちらの家では、実際に森にいる動物をモチーフにした作品を多く展示しています。それぞれの場所に合わせて作品を考えることが、今は楽しいですね」
家もまたアートのひとつ。自由に表現をしてもらいたい
そもそもアートコレクターになったきっかけは、ふとしたことだと川崎氏は笑う。
「10年前に、旅先で大雨に見舞われ、雨宿りで入った美術館で草間彌生展を観ました。僕はそれまで草間彌生という名前も知らなかったのですが、その展覧会で衝撃を受けまして。以来、コレクターとしての人生が広がっていったんです」
旅先で出合い、自身の人生を変えたアート。それらを自分の第二の拠点で展示する、そう考えた時、川崎氏はその家もまたアートだと捉えた。家の設計を担う建築家に、「自然とアートを感じられる家を」というテーマだけを渡し、自由に設計・建築してもらったのだという。
「ものをつくる人が、つくりたいものをつくる。それこそがアートです。これからもこの家をテーマに作家さんたちに自由に作品をつくってもらえる、そんな広がりのある場所にしていけたらと思っています」
窓を開けて鳥の声に耳を澄ます川崎氏。その傍らで作品たちもまた森の風を感じているようだった。
The Essence of House
自然とアートを調和させる
窓の外の風景とともに作品が目に入るよう、家全体を設計。美術館仕様のライトも設置。
曲面を取り入れた壁面
壁はフラットではなく緩やかな曲面になっていて、家全体をやわらかく見せている。
天井はとにかく高く
建物は平屋。大きな作品をかけられるように最高天高は6mを超え、壁の面積も広くとった。
Data
所在地:非公開
敷地面積:約1,964㎡
延床面積:約245㎡
構造:木造
川崎祐一/Yuichi Kawasaki
1984年神奈川県生まれ。2011年にデジタルマーケティング会社リンクル(現メディアハウスグループ)を創業。現在は複数の企業の社外取締役や、京都芸術大学の客員教授を務める。800点に及ぶアート作品を所蔵するアートコレクター。
この記事はGOETHE 2024年3月号「総力特集:多拠点邸宅」に掲載。▶︎▶︎購入はこちら