5,000社以上が導入し、関連書籍が累計173万部を超えるなど、ビジネス界で広がりを見せているマネジメント理論「識学」。組織における誤解や錯覚を取り除き、生産性向上につなげるこの考え方は、従来の“常識”を次々と問い直す。第2回では、良かれと思って行われている“ある意識”や“ある施策”が、実は組織を弱体化させているという現実に迫る。モチベーション管理、1on1ミーティング──多くの企業で当たり前とされている取り組みは、本当に正しいのか。識学 代表取締役社長・安藤広大氏に、具体例とともにマネジメントに必要な視点を聞いた。#第1回

識学 代表取締役社長。1979年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。大学時代はラグビー部に所属し、勝敗と向き合う厳しい環境で4年間を過ごす。NTTドコモ入社後、営業としてキャリアをスタート。上場企業への転職を経てマネジメントに携わるなかで、「人のやる気」や「人間力」に依存する組織運営に限界を感じ、識学と出合う。誤解や錯覚を排した明確なルールと仕組みによるマネジメント理論に強く共感し、事業部の立て直しでその有効性を実証。2015年に株式会社識学を設立し、創業4年足らず(3年11ヵ月)東証グロースに上場。現在は延べ5,000社以上の組織改革を支援している。組織マネジメントに関する著書は『リーダーの仮面』などベストセラー多数。「がんばっている人が、正しく報われる組織を増やしたい」という思いが、識学の根底にある。
日本の会社を弱体化させている「改革すべき意識」
「人や組織がうまくいかなくなる原因は、物事の“認識のズレ”にある」
そんな考え方をベースにした組織マネジメント理論が、識学だ。
「認識のズレによって生まれる錯覚や誤解が社内に蔓延すると、それが無駄となり、会社の生産性を下げているんです。それが一社ではなく、日本中の会社で起きていると考えると、日本の生産性を奪っている要因のひとつだと言ってもいいでしょう。
だからこそ、誤解や錯覚を正しい認識へと変えていくことは、目の前の会社の業績を改善するだけでなく、日本を弱くしている構造そのものを変えることにつながる。その問題意識が、僕が会社を作った大きなきっかけでした」

「モチベーション管理」という思い込み
日本を弱くしている仕組みにはさまざまな例があるが、安藤氏がこれまで数多くの企業と向き合うなかで、ひとつ例を挙げるとすると「モチベーションに対する意識」だという。
リーダーという立場になれば、組織を円滑に運営するために「いかに部下のモチベーションを高めるか」に頭を悩ませる人も多いだろう。
「識学の理論においては、“モチベーション”という言葉は存在しません。部下が自らその会社を選び、そこで給料を得ようとしている以上、仕事に集中し、成果を上げるべき存在であるという前提に立ちます。その認識があれば、会社が“がんばる理由”を用意してあげる必要は本来ないはずなんです。
それにもかかわらず、どうすれば社員のモチベーションを上げられるかと上司が悩み、余計な労力を使いながら、全社運動会をしよう、イベントを増やそうといったアイデアをひねり出す(笑)。部下のモチベーションを上げることがマネジメントの必須事項のように語られていますが、仕事の本質を考えれば、それ自体が矛盾していると思います」

さらに安藤氏は、こうした考え方が組織に与える悪影響を指摘する。
「もしモチベーションを高めることが会社や上司の役割だとするなら、部下は『自分のやる気が出ないのは、会社や上司のせいだ』と言えてしまいますよね。仕事で成果が出ない理由を、自分以外に転嫁できてしまう。
その結果、成長しないことが許される組織になる。これは個人の問題ではなく、日本の会社を弱体化させてきた、典型的な構造だと思っています」
1 on 1ミーティングは、本当に必要なのか?
識学の観点から無駄だと考える施策の具体例として、安藤氏が挙げるのが“1 on 1(ワンオンワン)ミーティング”だ。課題の早期発見や上司・部下の信頼関係の構築に効果的として、近年多くの企業で導入されている。
「仕事の報告や進捗管理という意味での面談は必要です。ただ、腹を割って話す、悩みを聞き出すことを目的とした1 on 1が常態化するのは、過保護だと感じています」
安藤氏はそう前置きしたうえで、1 on 1が抱える構造的な問題を指摘する。
「現場で起きている問題にいち早く気づくのは、現場にいる部下自身です。だから本来育てるべきなのは、問題に気づいたタイミングで上司に報告し、解決につなげる機能。その機能さえあれば、どんな問題が起きても上司はすぐ意思決定ができるので、組織の業務速度は上がります」
ところが1 on 1ミーティングが常態化すると、この場で悩みを聞かないと問題が上がってこないという状況を育ててしまう可能性がある。
「1 on 1で報告するという状態ができてしまうと、部下が自ら問題を適宜報告する力が育たない。結果として、問題の発見も解決も遅れてしまうんです」
さらに安藤氏は、上司の役割が変質してしまう危険性も指摘する。
「上司が意思決定をする存在ではなく、『自分のやる気を引き出してくれる人』のような役割になってしまう。本来のマネジメント業務から逸脱してしまいます」
実際、関係性を円滑にしたいという思いから、部下のプライベートな相談に応じる場面もあるという。
「プライベートな悩みすべてに答えられる上司なんて、正直いないですよね。部下は“人間的に完璧な上司”を求めてしまうし、上司も神様のような存在であることを期待される(笑)。それはどちらにとっても得にならない。
従業員迎合型のマネジメントが良いものとして広がっている現状は、結果的に会社にとって損をしているのではないかと感じています」

マネジメントに欠けている「時間軸」という視点
そして現在の日本企業において、決定的に欠けている構造的な要素が、「時間軸」に対する誤解だと指摘する。
「組織運営の観点において、時間軸が存在しないことが、うまくいかない根本の原因だと感じています。
モチベーションを高めるための施策や、従業員が心地よく働ける環境をつくることは、“今”という時間で切り出せば、社内の雰囲気も良くなるし、『いい会社』だと評価されるでしょう。経営者や管理職は“今”ではなく“未来”に責任を持つ立場です」
経営者や管理職が目の前の空気や満足度ではなく、未来から逆算して判断しているかということだ。
「 “今”に照準を合わせた判断ばかりを続けていれば、生産性はどんどん下がっていく。今は心地よくなくても、未来に利益をどう増やすのか。結果として、組織に属する全員が得をする選択は何か。そこから逆算して意思決定をすることが、マネジメントには求められます。未来を見る目をちゃんと持っているのか。それこそがマネジメントにおいて最も重要な視点だと思います」

