北海道・ニセコでオープンしている体験型ポップアップ施設「ARC’TERYX NISEKO HUT」。その拠点でアークテリクスが考える真の豊かさの正体に触れたゲーテ編集長・池上雄太。実際にニセコで実施しているバックカントリーツアーに参加し、林間のパウダースノーを滑り、プロダクトを検証するなかで求められたのは、単なる機能性ではなく「正しく判断して楽しみ帰ってくる力」。山に入る前の準備から、下山後に身体と感覚を回復させる時間まで──アークテリクスを起点にした“体験としての贅沢”がここにはあった。

“山に入る前”と“山から戻った後”の時間をデザイン
アークテリクスは1989年、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州・バンクーバーで誕生したアウトドアブランドだ。都市からクルマで約1時間。太平洋沿岸に連なるコーストマウンテンの急峻な自然が、日常と非日常を分断することなく隣り合う土地である。
その地に住む者にとって山は、逃避先でも観光地でもない。日々の生活と地続きの極めて現実的な場所だった。そこで生まれたのが既存の道具を改良するのではなく、「最も過酷な環境の中で行動するために必要なものを、ゼロから設計する」という思想だ。
その哲学は時代やマーケットが変わっても揺らいでいない。性能至上主義でもなく、流行追随主義でもない。“極限環境で使えないものには意味がない”というアークテリクスの厳しい基準は、プロダクトだけでなく、今回のニセコでの体験型ポップアップ施設の設計にまで貫かれている。
北海道・ニセコ。国道343号線からニセコ東急 グラン・ヒラフのエースゴンドラ乗り場へ向かう交差点に、「ARC’TERYX NISEKO HUT」は現れる。

開催期間:2025年12月20日(土)〜2026年3月29日(日)
住所:北海道虻田郡倶知安町ニセコひらふ1条3-3−2
営業時間:12:00〜20:00
※開催期間と営業時間は、天候やコンディションにより変更になる場合あり
氷の塀に囲われたふたつのテントは、主張しすぎることなく、しかし確かな存在感を放つ。階段を上がり、玄関を抜けると、内部には役割の異なるふたつの空間が広がっていた。
「PERFORMANCE LAB」は山に入る前の準備を整えるための場。もうひとつの「MOUNTAIN LOUNGE」は、山から戻った身体と感覚を回復させ、体験を再解釈するための場だ。
性能の先にある「迷わない力」
アークテリクスがこの拠点で示しているのは、バックカントリー体験を「滑走」だけで完結させないという姿勢。入山前の装備選びと判断、山中での行動、下山後の回復と内省まで含めて、体験は1本の線として設計されるべき。「ARC’TERYX NISEKO HUT」は、体験型ポップアップ施設という言葉では収まりきらない、自然と向き合う成熟した大人のために、時間そのものをデザインした“拠点”だった。
まず「PERFORMANCE LAB」は、ただのウェアを試着する場所ではない。ここでは山に入るための「思考の準備」を教えてくれる。
アークテリクスが提唱する「SYSTEM OF DRESS」は、レイヤリングの理論であると同時に、判断力を養うための設計思想でもある。天候、地形、行動量、そしてその日の自分の身体状態。すべてを考慮したうえで、何を着用し、何を引くかを自分自身で決める。その主体性こそが、雪山での安全と自由を両立させる。
もちろん、プロダクトの性能は重要だ。ePEメンブレンを採用したGORE-TEX PROが備える防水性、耐久性、そして透湿性、また軽量でありながら風雪を確実に遮断することなどは、いずれもバックカントリーに欠かせない条件である。
しかしニセコというフィールドでは、スペックの高さだけでは通用しない。
湿った雪は身体を冷やし、林間では運動量が増減し、風向や視界は刻々と変わる。軽いだけの服は寒さを招き、防水だけの服は内部に熱と湿気を溜めこむ。だからこそニセコは、服が“本当に使えるかどうか”を隠さずにさらけだす。ここは、性能を最も正直に試せる場所なのだ。
ニセコ連峰、判断力が試される白の世界へ
アークテリクスが主催するバックカントリー体験ツアーでは、Rising Sun Guidesをはじめとする経験豊富なガイドが同行。参加者は「PERFORMANCE LAB」で選んだウェアを実際に着用して山へ入れるため、理論は現場で検証され、身体感覚として理解できる。
今回ガイドをしてくれたのは、北海道札幌市を拠点に四季を問わず北海道全域、東北、南北アルプス、八ヶ岳等をガイドする、SAPPORO MOUNTAIN TIME所属で、アークテリクスの契約ガイドでもある照井大地さんだ。
7時30分、「ARC’TERYX NISEKO HUT」集合。まだひらふ地区の街は眠っている。
ウェアを試着し、装備を確認する。ビーコンを装着し、動作確認を行う。スコップとプローブをザックに収め、保温ボトルと行動食を入れる。バックカントリーでは、使わないことを願う道具ほど重要になるのかもしれない。
バックカントリーに入る前のこの時間は、妙に静かだ。山と向き合う覚悟を静かに整えていく。高揚よりも、むしろ緊張が勝った。そしてニセコ連峰のスタートポイントへ移動する。


8時30分、ツアー開始。
ハイクのコツはゆっくりと一歩一歩、足をすって前に進むこと。深い雪に覆われた林間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わったのがわかる。音が吸われ、視界は白と黒に整理される。
ハイク中間地点で測った気温はマイナス3.7度。積雪は約170センチ。数字としては穏やかだが、やや湿度を含んだ雪と、時折向きを変える風が、己の油断を削ぎ落としていく。ここでは、強さよりも整っているかどうかが問われると感じた。
アークテリクスのRUSH JACKETは驚くほど軽く、動作の邪魔をしない。風が抜けないこと、雪が染みこまないことがじわじわと効いてくる。RUSH BIB PANTは腰回りの安心感があり、ハイクと滑走の切り替えが自然だ。PROTON HOODYは行動中の熱を溜めこみすぎず、しかし止まった瞬間に冷えを感じさせない。ガイドの照井さんは事前にこう話していた。「ウェアは足していくもの。最初は少し寒いくらいが基本です」。その言葉が、歩を進めるごとに身体で理解できてくる。
照井さんが、ルート選定について説明してくれる。風向、地形、雪のつき方、判断がひとつでも遅れればリスクに変わる山の環境の話である。「山では、迷った時点で判断するのでは遅い」。照井さんのこのひと言は今も頭に残る。アークテリクスのウェアは、快適さを与えるためのものではない。判断を遅らせないための道具なのだ。
雪山をハイクして約3時間。滑走ポイントに立つ。パウダースノーは深く、音を失っている。1本目のターンで、雪が視界いっぱいに舞い上がる。身体は自然と前に出る。ギアが何かを主張することはなく、ただ邪魔をしない。だからこそ意識は雪面とラインに集中できる。スピードの快楽ではない。正しく判断し滑っていけているという静かな安心感だ。

山を下りてからの雑談で、照井さんはこんなことを言った。「いい装備って記憶に残らないんですよ」。その言葉に私は深く頷いた。今日の体験で強く残っているのは、雪の感触と判断が研ぎ澄まされていく感覚だ。ウェアはその背後にあるが、確実にサポートしてくれていた。
ニセコのバックカントリーは、美しいが、優しくはない。だからこそ、ここで成立するプロダクトは、世界の山でも通用する。そして同時に、人間側の成熟も問われる。何を着るか、いつ脱ぐか、進むか、止まるか、滑るか、引き返すか。アークテリクスがこの体験型ポップアップ施設で伝えているのは、服の性能以上に、「迷わないための身体感覚」なのだと理解した。
思考が回復するプレミアムなラウンジ
滑走を終え、「ARC’TERYX NISEKO HUT」に戻ると、「MOUNTAIN LOUNGE」の暖かい空気が身体を包みこむ。
トレイル・ライブラリー、アイヌ文化を含む音のインスタレーション、静かに流れる音楽と食。ここは単なる休憩所ではない。山で張り詰めた感覚をほどき、思考を元の解像度に戻すための空間だ。
真の贅沢とは過剰なサービスや演出ではない。考える余白、感じ直す時間、沈黙を許容する空気。そのすべてが揃ってはじめて人は回復する。
「ARC’TERYX NISEKO HUT」を起点とした、早朝からの一連の体験は、ウェアを売るためのものではなかった。何を着るか、いつ脱ぐか、どこで止まるか。その判断を身体感覚として理解させるための設計だった。ワークショップ、スキーガイドによるツアー、そしてこのラウンジでの時間。そのすべてが「正しい判断をするための環境」になっている。
入山し、下山して、私は思った。アークテリクスは、極限下で“迷わない男”をつくるブランド。ウェアではなく、判断力を。所有ではなく、体験を。それこそが、成熟した大人に向けた真の豊かさの本質なのである。
NISEKO BACKCOUNTRY TOUR With Daichi Terui
開催日:2026年2月2日(月)、2月6日(金)、2月7日(土)
応募締切:各開催日の3日前 23:59
定員:各6名(先着)
参加費:¥16,500
ツアーの詳細・申し込みはこちら
問い合わせ
アークテリクス ゲストサービスセンター https://arcteryx.jp










