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2022.11.07

「坐忘林」「SHIGUCHI」を作った男の邸宅は、ニセコの3万坪の大自然に囲まれていた

かつて夢見た暮らしをかなえた仕事人たちの家は、浪漫に溢れている。その家づくりのスケール感はもはや、大人の壮大な遊びなのだ。今回紹介するのは、写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ氏のニセコの邸宅。【特集 浪漫のある家】

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

入口には水が流れ続ける水盤があり、長い廊下の右手に書斎がある。

山に登って見つけた土地が、創造の原点となっている

新たなラグジュアリーホテルが次々と生まれるニセコだが、写真家やクリエイティブディレクターとして活躍するショウヤ・グリッグ氏の邸宅の立地はどの宿にも負けていない。そう感じてしまうほど、大自然に囲まれた家からの眺めはダイナミックだ。テラス側は何も遮るものがなく草原が広がり、その向こうに羊蹄山が雄大にそびえ立つ。「自然が一番の素晴らしいアーティスト。自然から教わることはとても多くて自分の作品には欠かせない。だからその中に住みたかったんです」とグリッグ氏は言う。自らが手がけた2軒の宿「坐忘林」と「SHIGUCHI/シグチ」も、この家なくして生まれなかった。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

門から玄関まで約50m。庭には外壁の廃材でつくったオブジェが立つ。

 
18年前となる35歳の夏、ニセコの山に登ったことからすべてが始まった。山頂から見えたのは森と牧場が織りなす長閑(のどか)な風景。生まれ育った英国ヨークシャー州にも似た景色で、「ここに住みたい」と直感した。自転車と少しのお金を持って北海道に来てから13年経った頃で、札幌を拠点にカメラマンや空間デザイナーとして働く日々。もっと自然に近い場所に身を置きたいと、思うままに3万坪の土地を買った。周囲には「なぜ山奥のひどい土地を買うんだ」とバカにされた。それでも木に登るとクマザサが茂る辺りに羊蹄山を見渡す家が建つイメージが湧いて、草刈りから家づくりが始まる。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

書斎にはLEICAやハッセルの廃番も含むカメラがずらりと並ぶ。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

テラス越しに羊蹄山を望み、2階まで吹き抜けになったリビング。

建築家の中山眞琴氏と話し合いを重ね、2年を費やし2007年に700㎡もの鉄骨鉄筋コンクリートの家が完成。外壁には敢えて錆びるにつれて赤みを帯びる鉄を選び、時の流れを感じとれるようにした。また、もともと古い家が好きだったため、このモダンな家にも古民家を連想させる要素を入れている。

「鉄骨だけど日本の木造建築のように柱と梁を見せ、中央の鉄骨は大黒柱をイメージしています。家はモダンだけど古い家具を入れて、集めたアートやアンティーク、自分の作品をディスプレイしようと思いました」

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

テラスでくつろぐグリッグ氏。秋冬はテラスから降りて薪ストーブの火種となる枝を拾うのも日課だ。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

李朝の箪笥(たんす)に置いた流政之の彫刻。後ろは国松希根太の絵。

その話のとおり、グリッグ邸は美術館や博物館のようである。エントランスでは中国で買った優しい表情のブッダの石像が客を迎え入れ、扉を開けると武田家の甲冑(かっちゅう)が鎮座。隣にはシベリアンタイガーや鹿の剥製まで並ぶ。次にテラスまでずどんと抜けた2階分の高さのある約30mの廊下が圧巻だ。両壁にアートが多数連なり、初見だと見入ってなかなか進めない。「小さい箱が好きじゃない」と、壁の少ないレイアウトにしたため、時代も作者もさまざまな作品が絶妙に入り混じる。それはグリッグ氏が手がけた宿にも通ずることで、スタートから連動していた。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

階段前の壁は家族写真で埋まる。一番大きな写真は妻の花嫁姿。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

来客に茶室でたてた抹茶を親交のある辻村史朗の器で出すこともある。

「家も創造のひとつのステージ。ここで実験するように家具やアートを並べて、組み合わせた時の雰囲気を見ています。坐忘林とSHIGUCHIに置いてある作品も、一度家に運んだものが多いですね。なので家に置くものは日々変化していて、中が完成することはありません。変化していくから生き物みたいです」

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

源泉掛け流しの浴槽は窓を開ければ半露天に。1日2回入る。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

自作をかけた約3畳のトイレ。札幌の骨董屋で買った鏡の鏡面にはサッポロ★ビールの文字。シンクにはナイフをつくる際に出た廃材を使用した。

モックアップの役割にも似ていて、宿の自然環境にも実体験が生かされている。この家に住んで8年経ってから近所に「坐忘林」を開業しているが、当然、建設前から環境を完全に把握。何時にどこからどんな陽が差すのかも、風の通り道も、春夏秋冬に映る色も知っていた。結果、デザインに住民だからこそのクリエーションが生まれた。今年、自宅隣に開業した「SHIGUCHI/シグチ」も然り。家のお風呂は宿の源泉と同じ天然温泉。自身のリラックスタイムもアイデアの源だ。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

自宅のすぐ隣にあるアトリエ。テラスと同じ向きに窓があり、絶景を望む。絵を描くだけではなく、集中して勉強したい時にここに籠る。

「朝起きたらまず温泉に入って、外のデッキでコーヒーを飲みます。そこでメディテーションをすることも多いし、何も考えず、ただ純粋に雲や木、風の動きを見ることもあります。自然のエナジーを感じるのもひとつのリラックス方法。雨が降っている日も気持ちいいですよ。レインドロップや冬に舞う雪も、春に溶ける氷も本当に美しい。あ、でも子供たちが賑やかな時は隣のアトリエに逃げて、そこで作品をつくったりもします(笑)」

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

扉を開ければキッチンとつながるダイニング。壁にかけられた写真は自身の作品。左の棚には庭や森で採ってきた草花を生けている。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

夕食はダイニングテーブルで、朝食はキッチンのカウンターで食べるとか。手前にあるのは実際に使っているヨーロッパのアンティークのコーヒーミル。

話を聞いていて興味深いのが、この家にあるもの、特に家具のブランドなどを聞いても「何だっけ……」とあまり覚えていないこと。好きな作家は存在するが、家具もアートも「説明を聞いてしまうと物を見ない」と頭を空っぽにして選ぶことが多いとか。情報に左右されず、琴線に触れたものだけがここにある。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

暖炉前のソファで愛娘とリラックス。中央に見える鉄骨がグリッグ家の大黒柱だ。リビング後ろのテーブルが置かれているスペースは、半テラスでBBQなどを行う場所。

写真家・クリエイティブディレクターショウヤ・グリッグ邸

草木に囲まれた3万坪の敷地の中心に家がある。庭には家を建てる際に掘った地中から出た巨岩を点在させ、15年経った今その岩にもいい味が出てきた。庭に鹿やキタキツネ、野うさぎが遊びに来ることもある。

現在は3軒目の宿の構想を練っている最中。家という作品に住む生粋のアーティストは、今日も大自然とともにアイデアを巡らせている。

DATA
所在地:北海道虻田郡倶知安町
敷地面積:約99.174平米
延床面積:700平米
設計者:中山眞琴/ショウヤ・グリッグ
構造:1~2階SRC構造

Shouya Grigg
1968年生まれ、英国ヨークシャー州出身。’91年に来日し、DJ、カメラマン、空間デザイナーとして活躍。2015年に共同オーナー兼クリエイティブディレクターとして旅館「坐忘林」の開業に携わり、’22年5月にオーナー兼クリエイティブディレクターとして宿「SHIGUCHI/シグチ」を開業。

【特集 浪漫のある家】

TEXT=大石智子

PHOTOGRAPH=松川真介

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