PERSON

2024.02.23

【高橋大輔】ガラスのハートと言われた男は、いかに日本フィギュア界のレジェンドに上り詰めたのか?

10代の頃から期待を背負い、長く日本のトップとして世界を相手に戦ってきたフィギュアスケーター・高橋大輔。2023年5月に競技を退いてからも精力的に活動を続け、深化を遂げている高橋の“今”に迫る短期集中連載を5回に渡ってお届けする。第1回は、今だからこそ語れる「2度の引退」について。【その他の記事はこちら】

高橋大輔

挫折をしたことがない

数々の「日本人初」のタイトルを手にし、現在の日本男子シングル全盛期の先駆けとして世界を魅了してきたフィギュアスケーターの高橋大輔。フィギュアスケートでは、引退しても1回までなら現役に復帰できるシステムがある。高橋は28歳で最初の引退を経験し、32歳で現役に復帰。そして2023年5月、37歳で競技に別れを告げた。

「1回目の引退の時は、何も目標がないまま引退してしまった。だから、そこでずっと動けずに立ち止まっていた感じがあって、どこにも向かえなかったです。引退がどういうものかもわかっていなかったので、単純に恐怖感もありましたね。

2回目は引退をする前から『次はこういう活動をしていきたい』という方向性が決まっていたので、ステージが変わったという感覚でした。1度引退を経験しているから、疲れたら思いきって休憩していいことも、引退をしたとしても物事は動いていくこともわかっていたので。

僕は、追い込んでボロボロになったら一度離れてみるのもいいと思っています。外から見ることで本当に続けたいのか、続けたくないのか、改めてわかることもあります」

そう軽やかに話す高橋だが、その競技人生はジェットコースターのように波瀾万丈だった。

世界ジュニア王者としてシニアでの活躍が期待されたが、「ガラスのハート」と言われ、大舞台で実力を出せないことがあるほど繊細だった10代。

海外の指導者を迎えて世界でトップを目指せるようになるも、選手生命を揺るがす大怪我(右膝の前十字靭帯と半月板損傷)を負い、それを乗り越えバンクーバー五輪では日本人男子初の銅メダルを獲得。次のソチ五輪までは手術をした右膝の不調を抱えて苦悩し、1度目の引退をした20代。

32歳で現役復帰を宣言し、全日本選手権で2位、翌年はアイスダンスに転向し世界を驚かせ、アイスダンサーとしても世界選手権出場を叶えた30代。かいつまんで記しただけでも濃い競技生活には、喜びと同じくらいの苦悩や挫折もあったに違いない。そう問うと高橋は、少し考えてから「挫折をしたことがない」と返した。

「挫折って感じたことはないですね。仕方ないって思ってしまう。もしできなかったらそれは自分の実力だし、自分のせい。その状況や環境で起こることは違うし、そうなってしまったら仕方がないことって思うから“挫折”とは考えないかな。1回目の引退後にテレビでレポーターの仕事をさせていただいた時は緊張しすぎて、手汗がすごくて『向いていない』とへコみましたけど、あれも挫折というよりは実力不足だなと。

それに、僕は“常に恵まれている”と思っているのも、大きいかもしれません。ただ今後は、新しい世界で挑戦していくなかで、挫折を感じることもあるかもしれませんけど(笑)」

アスリートなら一度は経験するであろう挫折を、高橋は挫折と捉えない。本人も「僕は自分のことをアスリートだと思っていないから」と笑うが、リンクを離れると、これまで氷上で重ねてきた過酷さを一切感じさせないところが、高橋の人間的な魅力でもある。

彼を長年指導してきた長光歌子コーチも「彼はとても優しい。クロアチアの大会で横断歩道を渡りきった時、大輔がいない。振り返ったら現地のおじいさんとおばあさんに付き添って歩いていました。あんなに優しい子が世界で戦っていけるのかと思いました」と語っていたことがある。世界王者となっても、素直さと謙虚さは、ずっと変わらないのだ。

高橋大輔
高橋大輔/Daisuke Takahashi
1986年岡山県生まれ。2002年世界ジュニア選手権優勝。2010年バンクーバー五輪銅メダル、世界選手権優勝。2012年グランプリファイナル優勝(以上全て日本人男子初)。2006年トリノ五輪、2010年バンクーバー五輪、2014年ソチ五輪の3大会連続日本代表。男子シングル、アイスダンスの2つの競技で世界選手権に出場し、2023年引退。現在はプロスケーターとしてパフォーマンスをしつつ、アイスショーのプロデュース、マンションのリノベーション、寝具開発など様々なことに挑戦している。

好奇心を我慢できるか、できないか

そんな高橋だが、32歳での現役復帰やアイスダンスへの転向は大きな挑戦だったはずだ。高橋のトレーナーを務めていた渡部文緒氏によると「ブランクにより身体の機能は衰え、右膝の古傷は歪んで伸びない状態」だったそうだ。それでも挑戦することを決めた理由はどこにあったのだろう。

「好奇心、かな。挑戦は、好奇心が我慢できるか我慢できないか。好奇心が我慢できなくて飛び込んだら挑戦になるのかなって思います。現役復帰した時は、今後パフォーマーとして生きていくために自分のスケートを取り戻すことが必要だと思ったからですし、アイスダンスへの挑戦は(好奇心が)我慢できなかったんでしょうね(笑)」

32歳で現役復帰を決めた直後にも「やってみようと思ったら即実行する」と発言していた高橋。新しい挑戦をしてみたいと思っても、すぐには実行できない人は多いはずだ。しかし彼は、そこを軽々と飛び越えていく。

「『やってみよっかな』って感じですね(笑)。やってみてダメだったらダメでいいと思っていましたし。僕、飽き性なんですよ。同じことがずっとできないから、なんか違うことやってみようって思う。新しいことは全部、新鮮ですよね。新しいこと、新しいものが大好きです」

挑戦は、好奇心。年齢を重ねても、好奇心のままに楽しむ人生は魅力的だ。そのスタンスは、2024年2月12日に幕を下ろしたばかりの高橋がプロデュースしたアイスショー『滑走屋』にも大いに現れていた。

今の高橋大輔を作ってきたものや、これから目指していくこと、仕事に対する考え方など、短期連載で紹介していく。

※次回は2/24公開予定

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高橋大輔

「氷艶2024 −十字星のキセキ−」
日程:2024年6月8日(土)、9日(日)、10日(月)、11日(火)
会場:横浜アリーナ
主演・高橋大輔、演出・宮本亞門が再タッグを組み、スペシャルゲストアーティストにゆずを迎え、豪華キャストと共に現代版『銀河鉄道の夜』の世界を氷上で創り上げる。公演の詳細は公式ホームページまで。

TEXT=山本夢子

PHOTOGRAPH=矢吹健巳(W)

STYLING=折原美奈子

HAIR&MAKE-UP=宇田川恵司(heliotrope)

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