競泳の背泳ぎで15年以上にわたり第一線で活躍してきた入江陵介(34歳・イトマン東進)が試練の時を迎えている。2024年1月19~21日に東京アクアティクスセンターで開催された「北島康介杯」で、100mが54秒25の2位、200mが1分59秒84の5位に低迷。日本競泳界初の5大会連続オリンピック出場を懸けた3月の五輪代表選考会での巻き返しが期待される。連載「アスリート・サバイブル」
パリ五輪出場が遠のく敗北
電光掲示板に表示されたタイムを見ると、入江陵介は表情を曇らせた。
「遅すぎてびっくりしている」
2024年1月21日、北島康介杯最終日に行われた男子200m背泳ぎ。入江は最初の50mから遅れ、最後まで伸びを欠いた。
2位に終わった前日の男子100m背泳ぎに続くV逸。自己ベストの日本記録から100mは2秒以上、200mは7秒以上も遅い。日本人に負けることは珍しいだけに、衝撃的な結果だった。
「調子がよくないのは分かっていたし、それを受け入れながら、逃げずに出た。正直、自信もなかったし、負け戦に行く感じだった」
パリ五輪出場権獲得には、2024年3月の五輪代表選考会の決勝で派遣標準記録を突破して2位以内に入る必要がある。北島康介杯のタイムでは派遣標準記録に100mが1秒04、200mは2秒92届いていない。
2008年北京五輪から2021年の東京五輪まで4大会連続で五輪に出場中。これは北島康介、松田丈志に並ぶ競泳日本勢の最多出場記録で、パリ五輪に出場すれば単独の最多記録を樹立する。
2021年の東京五輪を最後に引退も考えたが「何かまだ、心の中に足りないものがあった」と現役続行を決断。パリ五輪出場は最大のモチベーションだが「パリ五輪に出たいが、現実的にはすごく厳しい」と弱気な言葉も口をついた。
「自分も含めてもっとレベルを上げていかないといけない」
世界一美しいフォームと称される、水の抵抗の少ない無駄のない泳ぎが入江の持ち味。パワーに頼り過ぎない泳ぎを追求することで、長年第一線を走ってきた。
2023年夏の世界選手権福岡大会は日本代表メンバー最年長。ここ数年は背泳ぎの後進が育っていない現状を嘆くことも増えた。
北島康介杯では100m背泳ぎで松山陸(22歳・銀座千疋屋)が自己ベストを更新して優勝。200m背泳ぎは竹原秀一(19歳・東洋大)が制した。若手が伸びてきているが、タイム的に物足りない現状に変わりはない。
入江は「若手が出てくるのは嬉しいけど、負けるのはやっぱり悔しい。一時の背泳ぎから比べるとまだまだレベルが低い現状もある。(100mで)53秒台を出す選手がたくさんいた時代もある。自分も含めてもっともっとレベルを上げていかないといけない」とプライドを口にした。
2023年夏以降は肩を痛め、筋力トレを回避。筋肉量が落ちた影響もあり、一時は体重が約2kgも減少した。
筋トレ再開後の2023年年末に体重が戻りはじめ、年明けにようやく体重がベストの68kg前後で安定したばかり。五輪代表選考会までに本来の泳ぎを取り戻せる可能性は十分にある。
「今はイチから身体を作っている段階。(結果が悪かったのが)この大会(北島康介杯)でよかった。選考会の直前の大会ならキツかった」
今後は2024年2月のコナミオープンに出場予定だ。同じ2月には世界選手権(カタール・ドーハ)が開催されるが、パリ五輪代表選考会に万全の状態で臨むため、出場を回避。8大会連続出場中だった世界選手権の連続出場記録よりも五輪を優先した。
「負けたことですっきりした部分もある。もう一度自信を持って戦える準備をしていきたい。ギアを入れ直したい」
16歳で初めて日の丸を背負ってから18年。当たり前だった日本代表入りに黄信号が灯る経験は初めてだが、まだ若手に日本背泳ぎエースの座を明け渡すつもりはない。
入江陵介/Ryosuke Irie
1990年1月24日大阪府生まれ。イトマン東進所属。0歳から水泳を始め、100m背泳ぎ、200m背泳ぎの日本記録保持者。2012年のロンドン五輪では銀メダル2個と銅メダル1個と計3個のメダルを獲得した。世界選手権は2009年ローマ大会から8大会連続出場。身長1m78cm、体重68kg。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。