『80歳の壁』著者・63歳和田秀樹が、“長生きの真意”に迫る対談連載企画「医者ではなく、大先輩に聞け!」。初回ゲストは解剖学者・86歳養老孟司。『バカの壁』と『80歳の壁』。記録的な大ヒット本を生んだ二人に共通する人生哲学とは。話の随所から、楽に生きるためのヒントが飛び出てきます。その第5回。【連載の過去記事はコチラ】
お金は使う。仕方ないから稼ぐ
和田 養老先生は虫捕り。僕が一番楽しいのは映画を撮っている時です。でもこればかりはお金を集めないとできない。それとワインを集めるのも楽しい。欲しいワインを見つけて、購入するのは最高です。だけどこれもお金がかかる。『80歳の壁』がヒットして印税もかなりいただいたのに通帳に残額がない(笑)。
養老 似たようなもんです(笑)。
和田 養老先生はお金に関してはどんな考えですか?
養老 若い時は給料を貰ってたでしょ。僕の口座にお金が入っている。するとね、心配になるんですよ。世の中の誰かがその分、困ってるんじゃないかって。だってお金というのは、政府が日本全体に必要なだけ配っているものでしょ。誰かの所に貯まってたら、誰かの所には行ってない。困ってる人がいるってことですよ。
和田 (笑)。面白い考えです。
養老 僕の常識ではそう。お金はあると便利だけど、自分の所だけに貯まっちゃうとダメだから、常に全部使っちゃう(笑)。
和田 使って還元する?
養老 還元なんて大それたことは考えませんよ。そもそもね、給料が足りないんだから(笑)。
和田 貯まる状態がおかしいと僕も思っています。
養老 そうです。僕はゾウムシを入れる家を作ったから。そのお金は自分で稼ぐしかない。誰も出してくれませんから。大変なんですよ、ゾウムシの家って。数も半端じゃないしね。
和田 温度管理とかも?
養老 いや、温度じゃなく湿度です。カビが生えるんでね。生えてもきれいにできるんだけど手数が大変。しょっちゅうカビを拭いてますよ(笑)。
和田 僕の人生観では、お金は使うために稼ぐと信じている。使いたいから馬車馬のように働く。養老先生は?
養老 馬車馬のように働こうと思ったことは一度もない。仕方がないから働いています(笑)。家族もいるしね。それくらいの責任は持たなきゃと思います。
和田 その責任はもう果たされましたよね?
養老 わかりませんね。実情を見てるとまだまだという気がしますね。奥さんがいるし、あの人に何をしてあげられるか、と考えますね。
努力する時代は終わった
和田 「居心地の悪いのは自分の努力が足りないから」と思う人がいるんですよね。
養老 そうなんです。でもそういう考え方は、そろそろやめたほうがいい。
和田 本当にそう思います。
養老 『土を育てる』って本がね、すごくよかったんです。ゲイブ・ブラウンっていうアメリカの農家の人が書いたんだけど。その人は除草剤や化学肥料を使わないだけじゃなく、畑を耕さない。だけど近隣の農家と同じように経済が成り立っている。驚きましたよ。
和田 常識が覆った?
養老 そう。農業の発祥から1万年でしょ。人間の世界ではその間、土は耕すものだと思い、汗水たらしてやってきた。だけど彼の本の写真を見ると、畑に種イモを並べて、その上に枯れ草をかけるだけ。秋になって枯れ草をどけるとジャガイモが育ってるんですよ。農業って何やってたんだって思いましたね。
和田 1万年、ずっと額に汗して一生懸命に耕してきたのに。
養老 本当は放っておきゃよかった(笑)。
和田 生き方の真理とも繋がりそうな話ですね。
養老 人間ってね、「自分が何かしたからこの成果が得られた」と思いたいのですよ。だけどそれがまずいんですね。もういい加減、そんな考え方はやめたらいいと思うんだけど。数年前に若い人の一番好きな諺が「棚からぼた餅」だった。それでいいんだよね(笑)。
和田 精神医学的にもそういう思考を持った方が健全です。
養老 頑張って得た成果が欲しいんだろうね、みんな。政治家は「俺が橋を造った」と威張るけど、「あなたはセメントの袋の一つでも運んだのですか」って言いたくなりますよ(笑)。
和田 言わないと票が入らない。
養老 すべての商売がそうなってしまっている。本当は「いつのまにかうまくいっちゃった」というのがもっとあるんだろうけど、それは言わない。
和田 マスコミも「頑張った結果、これができた」というストーリーが好きですからね。
養老 努力する時代は終わりましたね。環境問題が正面に出てくる時代ですから。環境はいじったらうまくいくというものではありません。自然だから。人間の手には余る。すべてを人間がいじるわけにはいかず、自然に任せるしかない。さっきの畑の話と同じで、耕さなくてもちゃんと育つんです。
※6回目に続く