かつて“王侯貴族の趣味”ともいわれ、世界の富裕層の間で高い注目を集めるアンティークコイン。近年は日本でも、市場が急拡大しているという。その仕かけ人が、日本のアンティークコイン事業の先駆者、大谷雄司だ。アンティークコインに生涯を懸ける男の、熱い想いに迫る。
芸術性と資産性を備えたアンティークコイン
世界で初めて金貨がつくられたとされるのが、紀元前6世紀頃のギリシャ。そこから2500年以上経つが、今や全世界に約20万種類ものコインが存在するといわれる。そのうち、100年以上前につくられたものが、“アンティークコイン”と呼ばれているのだ。
アンティークコインは、流通枚数が減ることはあっても増えることはないため、希少価値が担保されている。特に昨今、世界中の富裕層がアンティークコインに注目していることもあってその資産性が急上昇しており、1枚のコインが数千万円、時には億を超える価格で取引されることも珍しくないという。
また、コンパクトで保管しやすく世界中どこでも換金可能な点も大きな魅力のひとつ。“ポケットに入る高額資産”として、ユリウス・カエサルやナポレオン・ボナパルトといった時の権力者にも、熱心なコレクターが多かった。
しかも、国や時代を映しだした美しいデザインに、緻密な職人技が凝らされた彫刻など、芸術性も高い。発行時の統治者の肖像や紋章、ラテン語やヘブライ語の名句が刻まれたコインもあり、いわば歴史や地理、語学、文学的要素が凝縮された総合芸術という側面もある。ゆえに、ヨーロッパの特権階級では昔から、教養を磨くツールとしても重用されてきた。
そんなアンティークコインに幼少期から魅せられ、生涯を懸けて日本に普及させることを心に決めた男がいる。日本にまだコレクターが少なかった1978年に、アンティークコインの輸出入や販売、鑑定を専門に扱うダルマを設立。実に45年にもわたってコイン事業を展開してきた、大谷雄司だ。
偶然に導かれ、コインの世界に足を踏み入れた
大谷が初めてアンティークコインを手にしたのは、10歳の頃。小さな出版社を営む家に生まれ、銀座で育った大谷は、いつものように友達と日比谷公園の砂場で遊んでいた時に偶然、江戸時代に流通していた銭貨、寛永通宝を拾ったのだという。
「ありふれた古銭ではあったのですが、どういうわけかすごく惹かれたんです。以来、アンティークコインを求め、お小遣いを握りしめて近所の骨董屋に通うようになりました。とはいっても、子供のお小遣いで買える程度ですから、ほとんど価値がないものばかりでしたけれど」
外国のアンティークコインとの出合いも、またユニークだ。
「大学時代にアメリカへ旅行に行った時、ラスベガスのカジノでスロットマシンに挑戦したら、運よく大当たり。大量のコインが出てきたんですが、その中に1800年代製造の1ドル銀貨が何枚も混ざっていて。日本の古い硬貨は基本的に文字だけが描かれているのに対し、アメリカのコインはデザイン性に富んでいて、とても美しかった。そこで、外国のアンティークコインにも魅せられてしまいました」
本格的に収集を始めたのは、24歳でアメリカの石油会社に就職し、オハイオ州で暮らしていた頃。
「最初に集めたのは、各州が発行していた50セント記念コイン。コイン専用のアルバムを購入し、50州すべてをコンプリートするのに夢中になりましたね」
アメリカでは当時からアンティークコイン市場が成熟しており、街中にはコインショップがいくつも存在。週末になるとコレクターが集い、交換会が行われていたという。それも、ビニール袋にコインを入れ値段をつけて壁にピンで留めるという、カジュアルなスタイルがほとんど。アメリカに住む人たちにとって、アンティークコインはそれほど身近だという表れだろう。
「アメリカは建国200年余りしか経っていないからか、“歴史があるもの”への憧れが特に強いのかもしれません。それと同時に、アンティークコインがインフレヘッジになることが、すでに浸透していました。インフレになると貨幣価値が下がり、相対的に金や銀の価値は上がります。実際にその頃のアメリカはインフレが進んでいて、僕が暮らしていた3年の間に、1ドル銀貨に3ドルや5ドルの価値がついたんです。この体験で、アンティークコインの資産性をリアルに実感しましたね。20歳の時に手に入れた1800年代の1ドル銀貨は、10年後に35ドルで売れたんですよ(笑)」
教養を磨くべく、大金を投じて古い文献を購入
1974年、家庭の事情で会社を辞めて帰国した大谷は、アンティークコインを生業にすることを決意。約2年半、モダンイシュー(100年以内に発行された記念コイン)と切手を扱う企業で通関業務などを学んだ後、退職。1年間の準備期間を経て、1978年にダルマを設立した。
「銀行に融資の相談に行った際に担当者から、アンティークコインなんてビジネスになるのかと、怪訝な顔をされました。でも、僕はアメリカだけでなくヨーロッパのアンティークコイン市場も見ていたから、成功すると確信していましたね。欧米ではアンティークコインはすでに大きな市場となっていたので、絶対に日本でも広めていけると」
大谷がまず力を注いだのは、コインにまつわる文献やカタログの収集。欧米では昔から、コインの発行年や発行枚数、素材、そして、鑑定会社によるグレードやその年の市場価格などが記載されたオークションカタログが毎年出版されているが、“販売のプロ”としてはそれに目を通すだけでは不十分だ。
世界各地を巡り、ナポレオン・ボナパルトや地上で最も裕福な一族ともいわれるロスチャイルド家が編纂したアンティークコインに関する古書を、大量に入手。膨大な量の文献をとにかく読みこみ、発行された国家や君主の歴史はもちろん、刻まれている紋章や言葉、デザインの意味など、あらゆるコインの背景知識を徹底的に頭に叩きこんだ。そのために英語やフランス語、イタリア語、ラテン語までひと通り学んだという。
「今も日本にいる時は、休日でもずっとオフィスで文献やカタログを読んでいます。アンティークコインそのものが本当に好きなので、仕事自体が楽しくてたまらないですね。会社を設立して45年間、仕事でストレスを感じたことは一度もありません」
92歳を目標に生涯現役を目指す
現在アンティークコインの入手方法は主に、コイン専門店で直接購入する、インターネットサイトを通じて手に入れる、オークションに参加するという3パターン。インターネットでの購入は手軽ではあるが、画面上と実際のコインの色合いが異なるケースもあるほか、個人情報漏洩への対策も必要不可欠だ。
また、オークションは場慣れしていないとビギナーには少々ハードルが高い。その点、実店舗なら現物を前にディーラーと相談しながら検討できるので、安心感がある。
そうした理由もあってか、深い知識と豊富な情報を持ち、莫大な数の現物を見てきた大谷のもとには、世界各地からコレクターが訪れる。なかには、誰もが知るセレブリティや超有名企業の経営者などもいる。
「アンティークコインの価値を正確に見極め、お客様に気持ちのいい買い物をしてもらうのが、私の役割。顧客に信頼していただけるディーラーであり続けるために、私自身、日々の情報のアップデートは欠かしません」
現在は日本で年2回オークションを開催するほか、アンティークコイン関連本の執筆や専門誌の監修にも力を注いでいる大谷。近年は、日本でのコレクター増加を実感しているという。
「オークションでも、女性や若者の参加が目立つようになりました。これは本当に嬉しい。日本にアンティークコインの文化を根づかせるには、購買層の拡大が不可欠ですから。目で見て楽しめて、資産にもなるアンティークコイン。その魅力を、もっと多くの方に知ってほしい」
大谷が尊敬し、親しくしていたフランス人のディーラーは、92歳で亡くなるまで現役を貫いた。大谷自身も生涯現役を掲げ、日本におけるアンティークコインのパイオニアとして、これからも走り続ける。
2日で総額5億円以上のコインが落札された、大熱狂のオークション
2023年12月に品川プリンスホテルで開催された「第58回日本コインオークション」。総出品数は1422点で入札率は95%、総落札価額は5億円を超えるなど大盛況。最高落札価格の4450万円を筆頭に、1000万円超えのコインが4つも出るなど、会場は熱狂に包まれた。次回は2024年6月に開催予定だ。
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