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2023.01.11

熊本・阿蘇の「あか牛」が今、注目されている理由。

やわらかく旨味の強い、赤身肉が特徴のあか牛。噛むたび濃厚な肉の味わいが口の中に広がるけれど、脂のしつこさがないので、「肉を食べると翌日の胃もたれが気になる」なんて哀しい大人たちでも安心して頬張ることができる肉だ。そのあか牛は、熊本県阿蘇で育った個体が一番旨い。そんな噂を聞きつけてゲーテ編集部は、食のプロフェッショナルたちとともに、阿蘇の地に赴き、その旨さの秘密に迫った。

熊本・阿蘇の「あか牛」。

阿蘇の草原はあか牛が守っていた

阿蘇と聞いて、まず思い浮かぶのは広大な草原地帯。そのイメージ通り、現在阿蘇には2万2,000ヘクタールに及ぶ草原が広がっていて、そこには約7,000頭の牛が放牧され、のんびり草を食んでいる。なかでもあか牛は足腰が丈夫で、よく動き回る種類のため、この広い阿蘇の草原のなかでストレスをうけることなくのびのびと育っているという。

阿蘇市赤水で3代にわたり牛の繁殖農家を営む赤水原野管理組合・組合長の小坂今朝和氏は言う。

「あか牛は生後8ヵ月〜14ヵ月で出荷されますが、その間、毎日40キロほどの草を食べるんです。阿蘇にはふんだんに草がありますし、実は人間だけではその草を管理しきれません。つまり牛に美味しく草を食べてもらって、この美しい阿蘇の草原風景は保たれているんですよ。それにあか牛はとてもおとなしく優しい牛。飼育も難しくありませんので代々この土地では、荷物を運んだりする働き手としても人と一緒に暮らしてきました」

熊本・阿蘇の「あか牛」。

小坂氏は冬場も含めた年間を通してあか牛の放牧を行っている。/p>

阿蘇の草原は、実は自然に草原になっているわけではなく、1,000年以上前から人が草を刈り、毎年野焼きをし、そして牛が草を食べて保たれてきた。けれども現在では農家も減り、また野焼きの危険性や手間もあるため、草原維持に従事する人も減りその面積も減っているという。

「このまま対策をしないと、現在2万2,000ヘクタールあるこの草原は30年でわずか40%の0.9万haにまで減ってしまうと予想されています。草原は放っておけばやがて雑木林になってしまうのです。1,000年の間慣れ親しんだ阿蘇の風景はこのままでは激変してしまうでしょう」
とは、草原について研究をする公益財団法人阿蘇グリーンストック常務理事の増井太樹氏。

阿蘇の草原には年間2,500mm以上の雨が降り注ぎ、草原に蓄えられた水が、九州中・北部の6本の一級河川の源となっている。この大きな水がめともいえる草原がなくなってしまえば、九州全体の生活や景色も変わってしまう。

さらに阿蘇の土壌には野焼きを繰り返してきたため炭が土壌に蓄積されていて、土壌中に多くの二酸化炭素を固定してるという。事実、阿蘇の草原が年間で吸収する二酸化炭素量は16,400t〜49,200tに及び、全世界で進む脱炭素化の流れにおいてもとても重要な役割を果たしているのだ。

「だからこそ、草原は守らなければなりません。そのために現在、年間2,300人近いボランティアが野焼きなどの草原保全活動を手伝ってくれていますが、まだまだ足りません。人だけでなく、あか牛の力も借りなければ」(増井氏)

あか牛あたり

2万2,000ヘクタールに及ぶ阿蘇の草原。

毎日草原で運動をし、草を食み、意図せず草原を管理してくれるあか牛たち。あか牛の需要がより高まれば、農家も増え、草原の管理人であるあか牛たちも増えていくだろう。つまりあか牛をいただく、ということは阿蘇の草原文化を支える大きな糧になるのだ。

サステナブルな食を世界に

とはいえ、このあか牛の流通は全国ではまだまだ少ない。国内で食べられている和牛のうち、あか牛はわずかに約0.36%だという。これは単純に、農家が少なく生産量が少ないから。であれば今はまだ、熊本に赴き、食べに行くしかない。

「それだけの価値はあるでしょう。日本ではAやBといった等級、あるいは産地名が牛肉の評価になっています。けれど、この肉を食べあか牛農家を支援することが、草原を守ることにつながる。そう実感できるこのストーリーは他の肉にはない唯一無二な点です。これこそサステナブルな食でしょう。ここに訪れて草原を眺め歴史を感じる、そんな旅を世界中の人に体験してもらえたら、今後熊本、そして阿蘇やあか牛の発展はもっと大きなものになる。そんな可能性を秘めていますよね」
とは、今回、食のプロフェッショナルとして熊本を視察におとずれた本田直之氏。

本田直之

草原であか牛を味わった本田氏。

本田氏が言うように、多くの人がわざわざ訪れて、あか牛を味わってもらうために、阿蘇では今、さまざまな実験がなされている。そのひとつが、阿蘇の牛をまるまる1頭販売するという取り組み。

「阿蘇の草原と関わりがあることが証明された牛を販売しています。草原を守ってくれたあか牛をいただく、と言う思いを共有できる方に販売していて、そのお肉を地元地域で食べていただけるようにするのです」(増井氏)

「阿蘇の草を食べ育った」「阿蘇の草原文化のひとつである」ということそのものがブランドとなるという、GSコーポレーションが推進する阿蘇のあか牛1頭買いのプロジェクト。

熊本市内にあるフュージョンレストラン「.know」ではこの取り組みから一部を仕入れ、阿蘇のススキで燻した料理などを、東京から訪れた食のプロフェッショナルたち、そして地元熊本の人々に振る舞った。前述の本田氏、「よろにく」のオーナーVanne Kuwahara氏、肉系インフルエンサーでインスタグラム「TOKYO WAGYU REPORT」を運営する旦弘希氏もこれに舌鼓を打った。

「旨いかどうか、それだけを追い求めて肉を食べてきましたが、そのサステナブルな背景にこそ、肉を食べる浪漫があるのだと今回感じました」
とは、年間300食ほど肉を食べるという旦氏。それを聞いて、「.know」のシェフ鍬本峻氏もほっとした表情だ。

「普段あらゆる肉を食べ尽くしている専門家たちに振る舞うのは緊張しますよね。日本ではずっと脂ののった肉ばかりが高評価を受けてきましたが、ヨーロッパでは大きな赤身肉にかじりつくのも肉をいただく楽しみのひとつとされています。だからこそ、今回はシンプルに固まりの炭火焼きにしたんです」(鍬本氏)

「.know」であか牛を豪快に焼く鍬本峻氏。

「.know」であか牛を豪快に焼く鍬本氏。

さらに、現在阿蘇では、新しいあか牛料理メニューの開発も始まっている。今回ともに視察に訪れた「よろにく」のオーナーVanne Kuwahara氏が特に気に入ったというのが、「あか牛の田舎煮」。普段は田楽料理などを提供している古民家旅館「阿蘇乃やまぼうし」が新しく開発したメニューで、人参や大根といった地元の根菜とあか牛を味噌でじっくり煮込んだものだ。

「あか牛は脂分が少なくさっぱりしています。他の和牛のようにステーキにして薄切りにするのではなく、そのさっぱりとした旨味を活かした、汁料理というのが新しいですね。ぜひ阿蘇の新名物にしてもらいたい」

Vanne氏はさらに「あか牛はおでんにも向いているかもしれません。メニューを考えるのも楽しい食材ですね」と続けた。

味噌が香り立つあか牛の田舎煮。

味噌が香り立つあか牛の田舎煮。

さらに、シンプルにバーベキューでいただくのも実はおすすめ。どれだけ大きな肉にかじりついても、胸焼けすることはなく、いくらでも食べられる。巨大な串ごと豪快に頬張れば、あらゆる欲望が満たされた気がしてくる。

地元ならではのあか牛料理を、美味しくいただくことで、古来からの草原の風景を守っていく。阿蘇のあか牛が旨い理由は、味もさることながら、その浪漫までも感じさせてくれる背景にあった。今後の旅の選択肢として、「阿蘇」「あか牛」はぜひ追加すべき項目だ。

左から、赤水原野管理組合の小坂氏、レバレッジコンサルティング本田氏、「.know」鍬本氏、「よろにく」Vanne氏、「TOKYO WAGYU REPORT」旦氏。

左から、赤水原野管理組合の小坂氏、レバレッジコンサルティング本田氏、「.know」鍬本氏、「よろにく」Vanne氏、「TOKYO WAGYU REPORT」旦氏。

本田直之
2004年レバレッジコンサルティングを立ち上げる。年の半分以上を海外で過ごし、世界60ヵ国以上を旅するデュアルライフの先駆者。

Vanne Kuwahara
クラブDJとして活動したのち、2007年に「よろにく」を創設。一口ご飯や卵黄に絡める食べ方でのコーススタイルなど、今や定番となった肉の食べ方を数々提案してきた。

鍬本峻
パリ、ナポリ、ニューヨークで修行を積み2021年に地元熊本の素材でフュージョン料理を提供するレストラン「.know」を開業。

旦弘希
サラリーマンをしながら、年間300食、肉を食べる生活を10年以上続け各地の名店を紹介するInstagramアカウント@tokyo_wagyu_reportを運営。フォロワーは7万人超。

TEXT=安井桃子

PHOTOGRAPH=鈴木拓也

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