杉原輝雄プロは、身長162cmとプロゴルファーとしては小兵で、ツアープロの中では最も飛ばないプロと言われていた。しかし、ツアーの中で最も距離が長いコースで開催された試合に勝つなど、300ヤードドライブが武器のジャンボ尾崎プロが舌を巻いたほどの勝負師だった。
杉原プロの勝負強さの秘訣――ポーカーフェイス
飛ばない杉原プロは、なぜAON(青木・尾崎・中嶋)らの飛ばし屋プロにしばしば泡を吹かせることができたのだろうか。それには、他のプロのアイアンより正確なフェアウェイ・ウッド、卓越したアプローチとパッティングという技術面もさることながら、「マムシの杉原」と呼ばれたほどの勝負強さがあったことを忘れてはいけない。
その勝負強さは、いったいどのようにして発揮されたのか。そのキーワードは「ポーカーフェイス」だと、杉原プロ自身が言っている。自分にミスが出たとき、逆に改心のショットが出たとき、また、一打差で競っている相手にナイスショットが出たときもミスショットが出たときも、とにかく感情を顔に出さないのだ。
「自分の感情をストレートに顔や態度に出してしまっては、相手につけこまれて、相手を勢いづかせてしまうとも限らんですやろ。ここが勝負に強いか、弱いかの分岐点だと思いますよ」と言うのだ。
心の動揺や感情をモロに出すなどすると、ミスを早く取り戻そうとして焦ったり、冷静な状況判断もできなくなって、無理な攻めをしたりするものらしい。それを見た相手には優越感が生まれ、余裕のあるゴルフになってしまうのだそうだ。
少し当たりが悪くてバンカーに入れたようなとき、ライバルと一打差で競り合っているなら大いに動揺するはずだ。しかし、泰然自若としていると相手は、「バンカーに入れてもパーを取る自信があるのだな」と勝手に思ってくれる。
実は少しだけダフリ気味だったショットが、うまく転がってピンに寄ったというようなラッキーに恵まれたときも、平然とした表情でいると、相手は「狙って寄せたな」と勝手に思ってくれる。そんなプレーが続くと、相手は知らず知らずのうちに、杉原プロのペースにハマってしまうのだ。
1打を争うときほど、平然としてポーカーフェイスを決め込む。特にミスしたときの心の動揺や、ミスした自分に対するふがいなさや悔しさ。そういうものは自分の中に抑え込んで、絶対に顔にも口にも出さないように努力する。
それが、勝負に強いか、弱いかの分岐点となり、その後のプレーでマイナスを取り返しうるエネルギー源となるようなのだ。
「ポーカーフェイス」による勝負強さの実例
1打差で競り合うような状況というのは、マッチプレーに似ていると思う。杉原プロの「ポーカーフェイス」による勝負強さは、マッチプレーで目の前の相手と、1対1の対戦をするときにも効果的であることは間違いない。
私は、68歳からクラブ競技に復帰したが、70歳になった今年、初めてシニア選手権の予選を通過できた。60名ぐらいの参加者の中で16位までが通過という狭き門なこともあって、ボーダーライン近辺ではあったが、過去2年は僅差で予選落ちしていた。自慢話をするつもりはないのだが、今年はポーカーフェイスが役立ったいい実例と言えるものだったので、この時のことを報告させていただきたい。
私は今年こそ予選ラウンドを通過したいという意気込みのもと、「杉原流ポーカーフェイス作戦」でいこうと考えていた。すると、ラッキーなことに朝一番からバーディが来た。普段なら大喜びしてしまうところだが、今回は1番ホールからポーカーフェイスを決め込んだ。
それが功を奏したのか、3番と7番でもパットが入ってバーディ。その時点で3アンダーと望外の好プレーとなった。ところが、あまりにもできすぎた展開に動揺してしまったのか、8番ではグリーンサイドのバンカーに落としボギー。それでも最初の9ホールを34と、自分でもビックリの好スコアを出せた。
次のハーフは、2連続パーで始まり好調さが続きそうだと思ったが、それがよくなかった。12番から17番まで、なんと6連続ボギーを喫してしまったのだ。その6ホールでは、ティーショットが曲がったり、スリーパットしたり、いいショットなのにキックが不運だったり、アプローチをミスしたりと、やることなすことがうまくいかなかった。
こういう時間帯はとても不安になり苦しいものだが、とにかく杉原流のポーカーフェイスを貫き通した。18番は、何とかワンピンのバーディチャンスにつけたが、ダウンヒルだったのでスリーパットしないよう距離感を優先した結果パーとなった。このハーフは、42と崩れてしまったが、それでも最低ラインは確保できたのでヨシとした。
予選ラウンドは27ホールなので、昼食後に最後の9ホールをプレーする。その出だしは、2連続ボギーとまたもや苦しい展開だった。それでも、平然とポーカーフェイスを続けていたら、キャディさんが「ミスしたりボギーになったりしても怒ったりしないんですね」と声を掛けてくれた。
自分が平然さを保つように努力していることを認められたような気がして、その後は落ち着いたプレーをすることができた。そして、最後のハーフは39と無難にまとめられた。結果、トータル115S、5位での予選通過となった。杉原流ポーカーフェイスが心の乱れを抑えてくれて、終日平坦な心境でプレーできた賜物だと感じている。
「杉原流ポーカーフェイス作戦」で疲れや心をコントロール
決勝ラウンドの1・2回戦は、18ホールのマッチプレーとなる。この日も、「杉原流ポーカーフェイス」を決め込むことが、私の作戦だった。1回戦は、出だしで2アップし終始リードを保てていたが、15~17番ホールで3連続ボギーを打ち、1アップまで迫られてしまった。
普段なら、慌てふためいて動揺を隠せないところだが、とにもかくにもポーカーフェイス、平静を装った。結果、18番は無難にパーを確保して引き分け、ワンアップで勝利できた。
2回戦は、取ったり取られたりの激戦となった。前半はワンダウンで折り返し、10番で私がバーディでオールスクェアに戻したものの、直後の2ホールを自分のミスで取られてしまった。残り6ホールで2ダウンはかなりのピンチだが、やはりポーカーフェイスは崩さなかった。
そもそも、1.5ラウンドすらたまにしかやったことがなく、28ホール以上をプレーするのは38年ぶりかと思う。70歳の身体には疲労も濃くなってきていたが、そこも顔には出さず、「疲れた」と口にも出さず、黙々と目の前の一打に集中した。すると13番からパー・バーディ・パーで3連続アップし逆転、残りは3ホールとなった。
16番のPar3では、ワンピンにつけたが入らずお互いにパーで分け、アップドーミーの17番に進んだ。ここで、思わぬアクシデントに見舞われる。ティーショットで右足がすべってしまったのだ。結局、このホールを落として、またもやオールスクェアとなり、最終ホールへ進むことになった。
アクシデントによって追いつかれ動揺しないはずもないが、それでも深呼吸してポーカーフェイスを貫いた。18番Par5、私は50cm、相手は2mあまりのパーパットを残す展開となったが、対戦相手はこの日パットが好調でこのパットも沈めてきた。
ついに、サドンデスのエキストラホールへと進むこととなったが、その1ホール目、つまりその日の37ホール目、私はグリーンを外し寄らず入らずでボギー。相手のアプローチも寄らなかったが、5mあまりのパーパットを決められて万事は休してしまった。
勝ち進めなかったのは残念だし悔しいが、62歳の対戦相手にその日の37ホール目まで、互角に戦えたことは、70歳にしてはよくやれた方だと思う。これも「杉原流ポーカーフェイス作戦」のお陰といっていいだろう。
パッティングも「思い切り」で心を整えて臨むべし
杉原プロは、「反省はしても、後悔はするな」という言葉も残している。後悔はしていないが、次へつなげるために反省すると、勝敗を分けたのはパッティングの差だったと思う。
対戦相手は1.5~2mぐらいのいやらしいパットをほとんどミスしなかったのに対し、私は70cmぐらいを外して3パットにし、ホールを落としてしまったのが2回ある。入れなければ、そのホールを取られるという1.5mぐらいを、こともあろうにショートして外してしまったホールもある。
要するに、ポーカーフェイスは効果を発揮したが、パッティングでは勝負弱かったわけだ。ここのところを克服しなければならないのだが、これにも杉原プロは貴重な教えを残してくれている。
パッティングで集中力を高めるには、「思い切り」に徹すること
いったん決断したらもう迷いは捨てること。それを「いや、こちらかもしれない、待てよ……」と迷う、これがいちばん集中力を削ぐのだそうだ。パットの神様のような杉原プロでも、「芝一本でラインが変わるなど、神様仏様の領域」と言うのだ。
だから、直感や目でイメージして、こうだと判断したらもう迷ってはいけないのだ。確かに、中途半端な気持ちでは集中できるわけがない。中途半端な気持ちで心乱れて打って、生きた球足を打てるはずがないというわけだ。
私は、この心構えができていなかったと思う。だから、入れなければ負けとなるホールなのに、ショートパットをショートしたり、アマサイドに外して2回も3パットにしたりしたのだ。ポーカーフェイスは何とかやれそうなめどがついた。次はパッティングでの「思い切り」に徹する心構えをマスターし、秋のグランドシニア選手権に臨みたいと思っている。
参考資料:
「「勝負師の資格はポーカーフェースにあり」数々のタイトルを獲得してきた感情マネジメント術【“甦る伝説”杉原輝雄の箴言集⑦】」みんなのゴルフダイジェスト、2024年5月30日