37年ぶりの快挙となる6位入賞だったが、表彰台に11cm届かなかった東京五輪。陸上男子走り幅跳びのエース・橋岡優輝(25歳・富士通)が、雌伏の時を経て、一皮むけようとしている。2022年11月から米フロリダ州に拠点を移し、徹底的な助走スピード強化に取り組んできた。練習アプローチを根本から変えた狙いや思い、競技に対する変わらぬ姿勢。パリ五輪への戦いを間近に控えるジャンパーの現在地とは。連載「アスリート・サバイブル」
環境を変えて渡米して挑む
東京五輪後、橋岡優輝は壮大なチャレンジに懸けた。
世界的ジャンパーはアメリカ・フロリダ州にある短距離の有名チーム、タンブルウィード・トラッククラブ(TC)を拠点に練習をしている。
「引き出しを増やそうという感じですね。いろんな感覚を自分のなかに取り入れていって、そのなかで良いものを集大成として完成させていけたら」
東京五輪後、確かな踏み切り技術を持つ橋岡が着手したのは、徹底的な助走スピードの強化だった。
2019年の世界選手権ドーハ大会後に海外拠点への思いは強くなり、縁が重なった2022年11月に新天地へ向かった。
武者修行によって、積み上げてきたものが一気に壊れる可能性もある。それでも、橋岡に恐怖という感情はなかった。
「その環境に身を置いた以上はやるしか道が残ってない。だから、やりやすいというか、そこまでの決断を最初にすることのほうが難しいじゃないですか。
自分の動きが変わっちゃうかもしれない。今までやってきたものがもしかしたら全部、次の動きには噛み合わないかもしれない。変えることへの恐れが、結構、他の選手だと多いと思うんですけど、僕はそこに抵抗がなかった」
タンブルウィードTCは、100mで世界選手権2大会連続ファイナリストのサニブラウン・ハキーム(東レ)ら短距離の一流選手が集う。
合流当初、コーチに言われた言葉は今も忘れない。「スプリンターになれ」――。その日から今現在も、走力アップに励む日々が続いている。
パリで11cmの壁を乗り越える
プライドをへし折られながらも、黙々と走り続ける日々。それでも、モチベーションを失う時は「ないですね」と即答する。
「いっぱい練習して、こんだけ練習してるもんな、強くなるだろうな、と思いながらやっています」
そして、続ける。
「陸上はずっと趣味なんですよ。趣味にできるくらい楽しいし、好きなもの。仕事という捉え方をすると、やっぱりどこか苦しくなる人もいる。
僕は仕事ではあるけど、どっちかというと好きだからやっているという要素が大きい。生活の一部というか、それくらい定着したもの」
純粋な気持ちが、世界的ジャンパーを衝き動かしている。
東京五輪では表彰台に11cm届かなかった。頂点を目指すパリ五輪では、8m50という日本人未踏のビッグジャンプを思い描く。
「走り幅跳びは自分を表現するもの。その表現は一番の舞台、オリンピックや世界陸上でするものだと思っている。
それに向けて準備する常日頃の練習も、今はトップのチームにいて、いろんな動きを見て、陸上楽しいな、とより思っている」
すでに参加標準記録を突破。2024年6月末には五輪選考会となる日本選手権、そして、花の都へ。大飛躍の最終局面に入った。
橋岡優輝/Yuki Hashioka
1999年1月23日埼玉県生まれ。東京・八王子学園八王子高から日大を経て、富士通所属。2018年U20世界選手権優勝。世界選手権は2019年8位入賞、2022年も決勝に進んで10位。自己ベストは日本歴代2位の8m36。父・利行さんは棒高跳びで、母・直美さんは100m障害、三段跳びで元日本記録保持者の陸上一家。サッカー東京五輪代表のDF橋岡大樹(ルートン)はいとこ。身長1m83cm。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。