男子テニスで元世界ランキング4位の錦織圭(34歳・ユニクロ)が、パリ・ローランギャロスで開催中の全仏オープン(2024年5月26日~6月9日)で2021年全米オープン以来3季ぶりに4大大会に出場した。右肩痛が再発して2回戦を途中棄権したが、1回戦ではフルセットにもつれた4時間22分の激戦に勝利。今後もケガと付き合いながら完全復活の道を探っていく。連載「アスリート・サバイブル」
満身創痍の身体で善戦
3季ぶりの4大大会を終えた錦織は、確かな手応えを得ていた。
右肩を負傷した2024年3月のマイアミ・オープン以来の復帰戦。2回戦の第2セット終了後に途中棄権する結果となったが、会見では前向きな言葉が口をついた。
「この1、2ヵ月前はだいぶ自信をなくしていたが、トップ選手と練習もできて戦えるなというのを感じた。緊張感のある試合でもある程度プレーできたので、収穫はすごくありました」
4大大会(全豪オープン、全仏オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープン)は5セットマッチ。通常のツアー大会の3セットマッチと比べて、1試合に使うエネルギーや心身の消耗は激しい。
錦織は全仏オープン前の複数のツアー大会にエントリーしていたが、右肩の回復が思わしくなく出場を回避している。ぶっつけ本場で全仏オープンに出場することを決断したのは開幕の3日前だった。
開幕前の会見では不安を口にした。
「いきなりグランドスラムは正直、ハイリスクな気はしている。ハイリターンかどうかは分からないが、出る価値はあると思っている。正直、不安はかなりあります。なるべく5セットにいかないようにしたい」
2024年5月26日の1回戦は、予選を勝ち上がってきた世界166位のガブリエル・ディアロ(22歳・カナダ)と対戦した。身長2m3cmのパワフルな若手を相手に第1、2セットを接戦の末に制したが、その後は失速。第4セット後には腰に痛みが出たため、メディカルタイムアウトを取ってマッサージを受けた。
身体が限界に近づくなか、何とかプレーを続行。最終セットは第1ゲームで先にブレークを許したが、土壇場で底力を発揮してフルセットにもつれる激戦を制した。
大会前の「なるべく5セットにいかないようにしたい」との言葉が前振りだったかのような結果。コート上のインタビューで「今は早くロッカーに帰りたい」と疲れ切った表情で笑わせた。
「第2セットから(疲労が)きていた。4セット目は足がもつれた。最後は気持ちです」
4大大会の白星は、2021年9月2日の全米オープン2回戦以来997日ぶり。5セットにもつれた試合の勝率は現役選手で最高の8割(28勝7敗)を誇る。ツアーを統括するATPの公式サイトで"5セットキング"と称される実力を示した。
中2日で迎えた2024年5月29日の2回戦は、世界15位のベン・シェルトン(21歳・アメリカ)と対戦。開始から一進一退の攻防が続いた。互いに譲らないまま、雨の影響で第1セット5-5の第10ゲーム終了時点で試合が中断。天気は回復せず、中断から約5時間後に翌日に順延されることが決まった。
一夜明けても雨はやまず、試合が再開したのは中断から約30時間後の30日午後だった。第11ゲームから再開した第1セットはタイブレークに突入。一時は5-2とシードしながら、重要なポイントでミスが出て逆転で落とした。
第2セットは第1、3ゲームでブレークを許して追う展開。第8ゲームでこの試合初のブレークに成功したが、及ばなかった。
第2セット終了後に、雨のためこの試合2度目の中断。休みでアドレナリンが切れて、右肩の痛みが増したこともあり、このタイミングで棄権を決断した。
「2セット目の中盤ぐらいから右肩に痛みが出た。2-0ならやっていたが、0-2で3セット取らないといけない。さらに悪くしてしまうという判断で止めました」
故障と戦いながら、再び第一線へ
二日がかりの長期戦はリタイヤという形で幕を閉じたが、試合内容は悲観するものではない。
この試合の最速サーブは錦織の172kmキロに対し、相手は227km。第1サーブの平均速度は50km近い差があった。錦織は9本のサービスエースを浴びながらも、5本以上のラリーに持ち込んだ得点では26-18とリード。正確なストローク、駆け引きのうまさは健在だった。
クレーコートから芝コートに移る今後のツアー出場は右肩の回復次第だが「なるべく芝もハレからは出たい。2、3日休んでどうなるか」と、2024年6月17日開幕のテラ・ボルトマン・オープン(ドイツ・ハレ)出場に意欲を見せる。
「試合数は前みたいに多くは出られないが、普通の流れで試合に出られるように。まずはそこに戻りたい。大きな離脱にならないことを願うのみ」
7月にはパリ五輪も控えており、出場すれば日本テニス界最多5回目の出場となる。テニスの出場枠は男女各64人で、各国・地域から最大各4人。2024年6月10日発表の世界ランキング上位56人に出場権が与えられ、残る枠は主催者推薦などで決まる。
錦織は世界ランキング350位だが、ケガや病気などでプレーできない場合の救済措置として一定期間ランキングを維持できる規定があり、その“公傷ランキング”は48位。日本男子の最高位で、自らの意思で出場を決められる立場にある。
「五輪は楽しみ。出たい気持ちはすごくあるけど、まだ身体のことがいっぱいいっぱいで正直どうなるか見えていない。自分の中で五輪はグランドスラム(4大大会)と同じぐらい大事さのところにあるので、いい結果を残したい気持ちは大きくある」
ここ数年は度重なるケガに苦しんでいるが、プレーへの意欲は衰えていない。3季ぶりのグランドスラム出場は、故障と付き合い続ける必要がある現実と、再び第一線に返り咲ける可能性の両面を浮き彫りにした。
パリ五輪の会場は、全仏オープンと同じ赤土のローランギャロス。錦織がコートに立つ姿は見られるのか。今後の動向が注目される。
錦織圭/Kei Nishikori
1989年12月29日島根県松江市生まれ。5歳からテニスを始め、2003年に米国にテニス留学。2007年10月にプロ転向し、2008年2月にツアー初優勝を果たした。2014年の全米オープンではアジア男子シングルス初の4大大会準優勝。五輪は初出場の2012年ロンドンオリンピックで8強入り。2016年リオデジャネイロオリンピックは男子シングルスで日本勢96年ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得した。2020年東京五輪は8強。世界ランキング自己最高位は4位。身長1m78cm。
■連載「アスリート・サバイブル」とは……
時代を自らサバイブするアスリートたちは、先の見えない日々のなかでどんな思考を抱き、行動しているのだろうか。本連載「アスリート・サバイブル」では、スポーツ界に暮らす人物の挑戦や舞台裏の姿を追う。