パ・リーグで防御率トップ(2024年5月16日現在)と快投を続けている西武・今井達也がスターとなる前夜に迫った。 連載「スターたちの夜明け前」とは
日本球界のエース山本由伸と同学年
2024年のプロ野球で、一つの大きな注目ポイントとなっているのが、山本由伸(現・ドジャース)がメジャーに移籍した後の日本球界のエースは誰になるかという点だ。
山本は2023年まで3年連続で投手四冠(最多勝・最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率)に加えて沢村賞、シーズンMVPにも輝いていた。それだけに、その座を狙う投手にとっては大きなチャンスと言えるだろう。
そんななかで順調なスタートを切ったのが山本と同学年の今井達也(西武)だ。
味方の援護に恵まれず、6試合を先発して2勝にとどまっているものの、リーグ1位の防御率1.29、リーグ2位の46奪三振を記録するなど、見事なピッチングを続けているのだ。
早くからエリートコースではなかった
今井は3年夏の甲子園で作新学院を優勝に導き、2016年のドラフト1位で作新学院から西武に入団している。そういう意味では野球界のエリートコースを歩んできたとも言えるが、決して早くから評判になっていたわけではない。
2年夏にもチームは甲子園に出場しているものの、今井はベンチ入りメンバーから外れている。また2年秋にはエースナンバーを背負いながらも1試合の登板のみでチームは選抜出場を逃し、春は調整段階ということもあって公式戦で1試合も登板はなかった。
2016年4月23日に行われた宇都宮北との試合を現地で見ているが、背番号1を背負った入江大生(現・DeNA)が先発している。ちなみに入江も当時から大型でバランスの良いフォームで140キロに迫るストレートを投げており、素材の良さは十分に感じられた。
ようやく今井の名前がスカウト陣から聞かれるようになったのは夏の栃木大会が始まる直前の6月頃だった。
練習試合で140キロ台後半のスピードをマークしているという、その評判どおり7月の栃木大会では最速149キロを記録。しかし先発した準々決勝と準決勝では少し安定感を欠き、決勝もリリーフでの登板となっている。
そんな事情もあって、夏の甲子園大会前には寺島成輝(履正社→元・ヤクルト)、藤平尚真(横浜→楽天)、高橋昂也(花咲徳栄→広島)が“ビッグ3”と言われており、今井は彼らに比べるとそこまで注目度は高くなかった。
甲子園で相手打線を圧倒し、“ビック4”へ
そんな今井の評価が一気に跳ね上がったのは甲子園の初戦、対尽誠学園戦だった。
この試合で今井は自己最速を更新する151キロをマークし、相手打線を圧倒。被安打5、13奪三振で完封勝利をあげて見せたのだ。当時のノートには以下のようなメモが残っている。
「体は細いが(当時のプロフィールは180cm、72kg)、フォームのバランスが良く、体重移動のスピードが素晴らしい。引っかかるようなところがなく、流れがスムーズで躍動感も抜群。楽に腕を振って145キロ以上をマーク。(中略)
テイクバックで腕が背中に入ることなく、前で大きく腕が振れ、球持ちも長い。低めのストレートが落ちることなく、手元での勢いも十分。スライダー、カットボールは少し変化が緩く、大きい変化のボールがないのは課題。
それでもストレートは狙っていてもとらえるのが難しいほどの勢いがある。クイック、フィールディングも上手く、投げる以外のプレーも高レベル」
この大会は先述した“ビッグ3”以外にも堀瑞輝(広島新庄→日本ハム)、京山将弥(近江→DeNA)、アドゥワ誠(松山聖陵→広島)、髙田萌生(創志学園→元・巨人、楽天)、早川隆久(木更津総合→早稲田大→楽天)、鈴木昭汰(常総学院→法政大→ロッテ)、村上頌樹(智弁学園→東洋大→阪神)など、後にプロ入りする投手が多く出場していた。
しかし、最も強いインパクトを残したのは今井だったことは間違いない。その後も今井は快投を続け、大会が終わる頃には“ビッグ4”と呼ばれるようになっていた。
そのビッグ4のなかでもさらに評価を上げることになったのが2016年8月27日に行われた高校日本代表と大学日本代表の壮行試合だ。
この試合は早川、藤平、寺島、島孝明(東海大市原望洋→元・ロッテ)、高橋、堀、今井という順に登板したが、今井は2回を投げて被安打1、5奪三振で無失点と大学生を相手に圧巻の投球を見せたのだ。
ちなみに三振を奪ったなかには吉川尚輝(中京学院大→巨人)、楠本泰史(東北福祉大→DeNA)、京田陽太(日本大→中日→DeNA)、北村拓己(亜細亜大→巨人→ヤクルト)という4人のプロ選手も含まれている。夏の甲子園の疲れがあるなかでもこれだけの投球を見せたというのは見事という他ない。
プロ入り後は制球難に苦しみ、なかなか結果を残すことができずにいたが、2023年のシーズン後に行われたアジアプロ野球チャンピオンシップでは侍ジャパンに選出され、決勝の韓国戦でも好投している。
残りのシーズンでも現在の状態を維持することができれば、投手タイトル争いに加わる可能性は高く、2024年11月に行われるプレミア12でも侍ジャパンの主戦として活躍してくれることを期待したい。
■著者・西尾典文/Norifumi Nishio
1979年愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。
■連載「スターたちの夜明け前」とは
どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。