遠藤航のサッカー選手としての強みは、延々と考え続けること。常識を疑い、自分にとっての最適解を探してきたことで名門リバプールにたどりつき、日本代表でもキャプテンシーを発揮している。そんな遠藤が出合ったのが、ヴァシュロン・コンスタンタンの時計だった。【特集 神推し時計】
年齢を重ねていたほうが活躍できるチャンスがあると思っていた
ひとりだけ「時計の針」が逆回りしている。
世界三大時計とも称されるスイスの名門時計メゾンのひとつ、ヴァシュロン・コンスタンタン。時計界において唯一無二の存在感を放つその時計を遠藤航が選ぶのは、ある意味で必然だったのかもしれない。
遠藤のサッカーキャリアは多くの人にとって常識外れだ。サッカー界のトレンドは、若手至上主義。早ければ10代から欧州主要リーグでプレイし、選ばれた者だけがビッグクラブにステップアップしていく。もちろん、そこで活躍できるかはわからない。
初めてのビッグクラブがイングランドプレミアリーグの超名門・リバプールであり、それが30歳での移籍とあって、遠藤のキャリアは驚きをもって受け止められた。
「確かに、30歳でリバプールに行けたという意味では日本サッカー界にも少しは勇気を与えられたかな、とは思います」
ピッチ上とは裏腹の、柔和な笑顔で振り返る遠藤。サッカー日本代表のキャプテンであり、2023 -’24シーズンのリバプールでの活躍で自身の質を証明したが、そもそもJリーグからヨーロッパへ渡るのも遅かった。
「あの時は25歳だったかな。ギリギリのタイミングだったとは思いますけど、だからといって変に力が入ったかといえばそうでもないですね。今回のリバプールでもそうですけど、より高いレベルでプレイするなら、年齢を重ねていたほうが活躍できるチャンスがある、とも考えていたので」
多くのクラブが若い選手を欲するのはマーケットの話。ひとりの選手として考えれば、多くの時間を生き、たくさんの経験をしてきたほうがいい。遠藤はそう言い切った。「だから遅咲きという言葉も変だな、と思いますけどね」
こともなげに常識をひっくり返すような言葉を発すると、また笑った。
答えは存在しない。だから考え続ける
そんな遠藤は、気に入ったことがあると徹底的にそれを追求したくなる性格だ。
例えば、ある年のシーズンオフにシャンパンを口にした。そのあまりの美味しさに驚いた遠藤は、どの銘柄がどんな味かといったうんちくをひと通りため込むと、ついにはフランス・シャンパーニュ地方にまで足を延ばしたという。
一方で、自分の眼鏡にかなわないものにはまったく興味を示さない。ある時、気心の知れた仲間とお薦めの映画や本の話で盛り上がっていた後、遠藤は最後にこう漏らした。
「でも、俺、ひとつも見ないんだろうな――」
皆が一斉に大笑いした。誰もが「確かに、遠藤は見ない」と思ったのだ。
自分が欲しいもの、求めているもの、目指すことがはっきりと選別できる。それが遠藤の能力である。
「なんでなんですかね(笑)。興味があるものはとことん追求したいんですけど。ないものに対しては本当に見向きもしないですね」
サッカーに対してはどう思っているのか。
「サッカーは好きですよ。うまくなるのは嬉しいし。ただ、たまに思います。なんでこんなきついことをし続けているんだろうって(笑)」
今シーズンのリバプールでの活躍について、遠藤自身はこう振り返る。
「試合に出られればある程度やれるとは思っていました。他の選手たちにはない経験もあったから。ただ、イメージと違ったところもあったし。クルマの中や寝る前とか、いつでも何が足りないか考えて、ああしよう、こうしてみようって常に考えていましたね」
それこそが遠藤の強みであり成功の秘訣だ。
「考えることは嫌いじゃないので。むしろそれが大事。答えはないんです。いつもその場、その状況における『最適解』を探している感覚です」
カタールW杯が終わってから時計について徹底的に調べた
凝り性の遠藤がたどりついた答えのひとつが、ヴァシュロン・コンスタンタンの時計だ。
「カタールW杯という目標だった舞台にも立てた。ひと区切りとして時計を買おうと思ったんですよね。代表のメンバーも、それぞれこだわりの時計を持っていたので自分も何か、と」
一度決めたらのめり込む。国内外問わず、徹底的に時計について勉強したという。
そこで見つけた遠藤にとっての最適解が、ヴァシュロン・コンスタンタンだった。
「調べるほどその技術のすごさや歴史の重みを感じた。他の選手があまりつけていないブランドだったのも俺らしいかな、と思って。まあ、単純にカッコいい! と思ったことが一番ですけど(笑)」
時計を買うため、2022年のオフに初めて銀座本店に足を運んだ。
「『オーヴァーシーズ』のクロノグラフが欲しいと思って行ったんですけど、そこで紹介してもらったのがトゥールビヨンのモデル。『いい! 』って思いましたが、さすがに即決はできませんでした」
その値段に、さすがの遠藤も家族の顔が浮かんだ。つかの間のオフ、沖縄旅行中は「ずっと、時計のことばかり考えていた」と言う。
結局、購入を決めた。初めて腕に巻いたのは半年後の翌年6月のことだ。
「つけた時は、嬉しかった。不相応かもしれないですけど、自分らしい選択だったというか。でも実は、最初に欲しかったクロノグラフもそのオフに買って、愛用しています」
リバプールに移籍したのはその約2ヵ月後。以降、遠藤が持つヴァシュロン・コンスタンタンの時計は、イギリスの時間を刻み続けている。それは、常識を覆すキャリアの「時計」である一方で、日本サッカー界の「時計の針」を正しい方向に進め続けているのだ。
この記事はGOETHE 2024年8月号「特集:神推し時計」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら