フランス発祥の“泊まれるレストラン”、オーベルジュが活況だ。その土地ならではの食材の恵みを慈しみ、料理人の技術とセンスを盛りこんだ感動すら覚えるひと皿を目的とする旅。2023年から今夏に向けて続々とオープンする新オーベルジュを中心に、恍惚の味わいと憩いの時を紹介する。今回は、石川・能登の「一 能登島(ヒトツ ノトジマ)」。【特集 オーベルジュの誘惑】
能登の幸は、すべてが主役級
毎年、全国津々浦々に個性豊かな新店が誕生し、多様な広がりを見せているオーベルジュというジャンルは、もはやフレンチの独壇場ではない。特に地域の特性がアピールポイントに直結することから、近年では郷土文化や食材の魅力をダイレクトに発信することができる、日本料理のオーベルジュが急増している。そして、この流れはインバウンド需要という大きな追い風とともに、今後もさらに強まっていくことだろう。
さらに言うと、日本料理のなかでも、鮨の持つ求心力は別格だ。日本人にも、外国人にも、その日その場所でしか出合うことのできない一期一会の喜びをシンプルに伝えることができる鮨は、まさにオーベルジュというスタイルにはうってつけと言える。
そんな鮨オーベルジュが、満を持して北陸にも誕生した。それが「一 能登島」だ。石川県の能登島に2023年の9月にオープンしたばかりのこのオーベルジュは、開業4ヵ月後に能登半島地震で被災し、そこから3ヵ月半の休業を余儀なくされた。取材時の5月下旬においても近隣の復旧作業は続いていたが、徐々に平静な日常を取り戻していくなかで「一 能登島」は今再び、能登の魅力を力強く発信し始めている。
食材の宝庫として知られる能登半島の中心に位置する能登島は、穏やかな七尾湾に浮かぶ自然豊かな島。「一 能登島」では日本海が育んだ魚介と、能登や加賀で採れた新鮮な野菜をふんだんに使った鮨コースを提供している。料理の監修を務めたのは、金沢の名店「鮨みつ川」の大将・光川浩司氏。近隣地域で生まれ育ち、金沢や銀座で腕を磨いた熟練の職人たちが、贅を尽くした鮨と料理を心ゆくまで愉しませてくれる。
夕食は、輪島で採れた毛蟹と金時草(きんじそう)の酢の物から始まり、この日解禁になったばかりの輪島の鳥貝や、七尾で獲れた活けの石鯛の刺身、能登の桜鱒や七尾の赤西貝の握りなど、能登ならではの味覚がずらりと並ぶ。
その料理に合わせて試したいのが、厳選された珍しい地酒の数々だ。能登半島では、地震による深刻な被害のために酒造りが困難になっている酒蔵も多いが、そんな酒蔵同士が手を取り合って造った特別な酒も数多く揃う。能登の地酒に触れることで、素晴らしい地域文化の復興にも心を寄せたいものだ。
しかも、「一 能登島」ではアルコール類を含む各種ドリンクの料金があらかじめプランに含まれた「オールインクルーシブ制」を採用しており、食事中はもちろん、ラウンジでオーダーできるウイスキーやカクテルまで、いつでも料金を気にせずに愉しめる。酒好きにとっては、まさに夢のような時間が約束されているというわけだ。
最高の清爽に導く、早朝の“絶景浴”
とはいえ、せっかく「一 能登島」に滞在するのなら、食事やお酒にばかり気を取られていてはいけない。七尾湾と立山連峰の絶景を望む貸し切りの薪サウナでは、“ととのう”ことで最高の爽快感を体験。
特に広い空と七尾湾が紅く染まる日の出の時間には、前夜の酔いも忘れて、心身が清められていくような感覚に包まれるはずだ。また客室内に専用のテラスとサウナが備えられたゲストルーム2室では、滞在期間中いつでもサウナを楽しむことができる。
そうやって全身がリフレッシュした状態で迎えるのが、さらなる至福の時間となる朝食だ。澄み切った出汁や滋味深い野菜、素朴ながら旨味の詰まった干物など、箸を進めるたびに、優しい味わいがじんわりと身体に染みわたっていくのがわかる。
そして朝食が終わる頃には、サウナと水風呂のルーティンを黙々と繰り返したように、「一 能登島」の暖簾を潜ってからこれまでに経験した一連の流れを、また何度も繰り返してみたくなっていることだろう。
この記事はGOETHE 2024年8月号「総力特集:オーベルジュの誘惑」に掲載。▶︎▶︎ 購入はこちら