GOLF

2024.03.31

「スウィングは指紋と同じ、あなたの打ち方は世界に一つしかない財産なのですよ」――ハーヴィー・ペニック｜ゴルフは名言でうまくなる

ゴルフ仙人と呼ばれた老ゴルフ教師ハーヴィー・ペニックは、「難解なスウィング理論によって多くのゴルファーが破壊された」と嘆き、レッスン書を「ゴルフの薬」と比喩して、「ゴルフのクスリは劇薬です。ビンの中身をすべて飲み込むような真似だけはやめてください。ほんの少し飲んだだけでも副作用が出るのですから」と言った。レッスン書の読み方次第でスウィングは破壊されると警告していたのだ。

「レッスン書」はゴルファーによっては劇薬

そして、「一度に一つのことしか出来ないのがゴルファーという人種なのです。根気よく、あきらめないで自分のスウィングに自信を持って練習してください。スウィングは指紋と同じ、あなたの打ち方は世界に一つしかない財産なのですよ。さぁ、心からゴルフを楽しみましょう」と遺言を残した。

表題の言葉も、そこから引用させていただいた。温和なペニック翁は表現には慎重だったが、ゴルフレッスンに関する内容の切っ先は鋭かった。

「レッスン書の氾濫によって、正しいフォームで打たなければ犯罪者のように扱われる時代になった。それでは伺いたい。レッスン書がなかった時代のトム・モリス親子、ハリー・バードンたちは犯罪者だろうか。教材がなくても、彼らは信じられないほどの名人だった。練習場であなたがやることは一つだけ、とにかく芯に当てなさい。それがゴルフですよ。一度に一つ、テーマを決めて芯に当てる努力をするのです」

このように難解な用語を使った理論はまったく存在しないが、分かりやすい言葉で、ゴルフのエッセンスを鋭く突いているところが、ペニック翁の真骨頂だ。

ペニック翁が「副作用があるから、飲むのは少しにしろ」といったレッスン書やレッスン記事は、今も氾濫状態のままだ。インターネットが普及し、YouTubeではツアープロにもなれなかった自称レッスンプロが、物知り顔で難解なスウィング理論を動画付きで公開している。むしろ、状況はひどくなっていると言えるだろう。

アメリカの喜劇俳優、ボブ・ホープもレッスン書がミスショットの原因だと突き止めたと言っている。彼は、「もしゴルフの予定に空きが出たならば、そのときに限って映画に出演してもよろしい」と広言してはばからなかったほどのゴルフ狂だ。ボブ・ホープ・デザート・クラシックというPGAツアー競技も主宰した。

彼の本棚にはベン・ホーガン、サム・スニードに始まって、ボビー・ジョーンズ、トミー・アーマー、ジャック・ニクラス、アーノルド・パーマーらゴルフの殿堂が著したレッスン書がずらりと並んでいた。

「その大物名手たちが、私に向かってああ打て、こう打てと一斉にまくしたてる。これでは、混乱しないわけがない。要するに、優秀な先生が100人いて、生徒は出来の悪いのが私ひとりだけ、ついにこの事実に気がついたのだ」こう叫んで、自宅にあったレッスン書のすべてを友人で歌手のジョー・キャンベルに進呈したのだった。

ホープは「これで、あいつのゴルフ人生も終わるだろう」と、ひそかにほくそ笑んだが、実際にこれまたトーナメントを主宰するほどのゴルフ狂だったキャンベルは、以来まったく当たらなくなった。

レッスン書と縁を切ったホープは、その後どうしたかというと、1947年の全米オープン3日目の6番ホールで、ベン・ホーガンが11打の大たたきを演じてしまったときのシーンをフィルムで何度も見て楽しんだらしい。

このフィルムは、ホープの大のお気に入りで、「この映像ほど私に勇気をくれるものはない。あの鉄面皮といわれたベン・ホーガンでさえ狂気錯乱するのだ。我らはしょせん草ゴルファー、ミスしたって気にしないでよくなった」と言っている。この映像でメンタルマネジメントがうまくなったようだ。

「ボーン・ゴルファー」も苦しめるレッスン書

レッスン書によってゴルフを破壊されるのは、何もアベレージ・ゴルファーや初心者だけではない。かつて評論家が「必要なショットで、彼女にできないものはない」と絶賛した天才少女、ダイアン・ウィルソンもその被害にあっている。

彼女は5歳にしてゴルフを始めたと思ったらすぐの6歳には、10ヤード先のバケツに百発百中でボールを放り込めるようになっていた。「当時の私にはまだ難しいショットなど存在しなかった。6歳の私の頭脳には、世間のゴルファーが毒される『べからず』が未侵入だった」と振り返っている。

俗にいう「ボーン・ゴルファー」だった彼女は、クラブを握ると何も考えなくても、本能のままにボールを打てていたのだ。ところが、プロになってから「最近は素直にボールが打てない日々が続いている」と雑誌のインタビューに応えている。

人にすすめられて、ベストセラーとなった著名なプロのレッスン書を読んだ日から、スウィングがギクシャクするようになったのだ。そのレッスン書には次のような記述があった。

「ゴルフは困難でタフなゲームとして知られる。初めてクラブを握る人に、次のようなアドバイスを与えたい。そのとき本能的に感じたことの正反対の動きをすればよい。つまりゴルフは逆説のゲームであり、スライスが怖ければ左を向くがよい。そして、打ちたくない方向へ思い切り振り抜くのがコツである。本能と逆の動きをしなければならないところが、このゲームの難しさといえる。世間にはナチュラル・ボーン・ゴルファーと呼ばれる人もいるが、彼らとてスウィングの習得には少なからず手こずったはずだ。まったくゴルフは難しすぎる」

これを読んだとたんに、ダイアンはそれまで自然にできていたことが、スムーズにいかなくなった。尊敬しているプロが「むずかしい」と言ったことが、心にひっかかってしまったのだ。

しばらく予選落ちが続いたあと、思い余ってシカゴ大学のスポーツ心理学者を訪ねたところ、学者は穏やかにこう言った。

「ついに君もレッスン書に毒されたね。人には物事を自然に習得する能力があって、たいていのことは出来てしまうようになっている。ところが世間にはお節介が氾濫、人間の能力に水を差そうとするのだ。君に心から忠告しよう。レッスン書から離れなさい。童心にもどって、勝手気ままにクラブを振りなさい」

ダイアンは、頭脳に侵入した毒を消し去るのに半年かかったと告白している。しかし、彼女は幸いにも再び本能のおもむくままにスウィングできるようになり、その後は実力を発揮、名声を手に入れることができた。そして、次の名言を残したものだ。

「ゴルフ史に残る名人たちは、誰もレッスン書など読まなかった。私たちはこの事実に気づくべきである」

天才ナチュラル・ボーン・ゴルファーでさえ、このありさまなのである。「ゴルフのクスリは劇薬。一冊丸飲みにしてはいけない」と忠告したペニック翁の眼力は「凄い」の一言に尽きる。

やることは一度に一つだけ

最近はレッスン書よりもYouTubeの動画配信で、ありとあらゆるレッスンが行われている。飛距離を伸ばすにはこう打て、正確なアイアンはこう打て、アプローチはこう打てば寄る、などなど悩みがあればそのすべてに応えてくれている。

それは悩めるゴルファーにはありがたいことなのかもしれない。しかし、そのレッスンによって聞かされたゴルフ理論によって、スウィングが破壊される危険もあることを忘れてはいけない。

初めてクラブを握る人が、レッスンプロや上級者に基本的なグリップやアドレスを教えてもらうことは、最初に変なクセがつかないから、良いことだとは思う。しかし、基本ができたら、あとは自分で工夫して練習するしかないのだ。

人にはそれぞれの本能があり、クセがある。芯でヒットしているつもりでも、トウのほうに当たる人もいれば、逆にヒールに当たる人もいる。それを調整して芯に当たるようにするのは、自分自身にしかできないことなのだ。他人にはあなたがどう感じているのか、どういう感触があるのかまでは分からないからだ。

どうもスウィングがスムーズに振れなくなった。ダフってばかりになった。まともに当たらなくなった。そう感じたときには、ペニック翁の言ったとおり、「練習場であなたがやることは一つだけ、とにかく芯に当てなさい。それがゴルフですよ。一度に一つ、テーマを決めて芯に当てる努力をするのです」これに専念するべきだと思うが、いかがだろうか。

参考資料：夏坂健『騎士たちの一番ホール　不滅のゴルフ名言集』日本経済新聞出版社、2004年

この記事は幻冬舎plusからの転載です。

連載：ゴルフは名言でうまくなる

岡上貞夫

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