伝統の歌舞伎界で今も舞台に立つ現役最高齢の名脇役・市川寿猿さん。片や医学界の常識に囚われず闘い続ける医師・和田秀樹さん。開始早々、寿猿さんが歌舞伎の動きを指導し始めたから、さあたいへん。面白異色対談の始まり始まり〜! 『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。5回目。

舞台映えする動きで元気も出てくる
寿猿 うちの高齢者用マンションに住んでる人はね、杖を突いて歩く人が多いんです。だけど杖を突くと、こんなふうな歩き方になるでしょ(足を引きずるような歩き方を実演)。
和田 そうですね。
寿猿 また舞台の話になるけどね、これだとダメなんですよ。どうしてかわかりますか?
和田 やっぱりお客さんに動きがある程度見えないと。
寿猿 そうなんです。舞台で歩くときはね、たとえ杖を突くとしてもね、こういうふうにオーバーに歩くの(足音を立てた歩き方を実演)。そうしないと舞台が死んじゃうんですよ。
和田 舞台映えする動きが大事なんですね。
寿猿 はい。僕は旦那からね、「あんた、シワを描いてれば誰でもおじいさんとかおばあさんに見えるんだから、それを本当にやったらダメだよ。お客はだれちゃうよ。間がこけるよ」って言われました。それから僕はオーバーにやっています。
和田 なるほど。その動きで舞台が映えるだけでなく、寿猿さん自身も元気でいられるのだから、一石二鳥ですね。
寿猿 とてもありがたいことにね、「寿猿さんの舞台を見ると元気が出ます」なんて声もかけられるんですよ。

歌舞伎役者。1930年東京都浅草生まれ。主に立役(男役)。屋号は澤瀉(おもだか)屋。女歌舞伎の坂東勝治に入門。二代目市川猿之助や三代目市川猿之助に師事。1975年、二代目市川寿猿を襲名。旧ソ連での歌舞伎公演やスーパー歌舞伎の初演にも参加する。現役最高齢ながら、現在も年間100回近く舞台に立ち続けている。歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」通し狂言『義経千本桜』の第三部Aプロ(2025年10月1〜9日)に出演。
和田秀樹/Hideki Wada(右)
精神科医・幸齢党党首。1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『幸齢党宣言』など著書多数。
ロボットで発声の稽古
和田 今はどれくらいの頻度で舞台に立つんですか?
寿猿 2024年に脳梗塞をやりましてね。今はなんともないんですけど、また倒れるといけないからと、少し大事をとっています。2025年は1月と7月。次は10月に出るんですよ。
和田 出るときは毎日?
寿猿 はい、毎日です。
和田 稽古は今でも毎日するんですか?
寿猿 いえ。本格的な稽古は舞台が決まってからです。10月に舞台がある場合は、全部の稽古は9月20日過ぎくらいからです。特別な役の場合は、個人的に、その先輩に習いに行きます。
和田 先輩いないでしょ(笑)。
寿猿 (笑)。
和田 寿猿さんは声が通りますが、発声の練習は?
寿猿 特別にはやっていません。だけど寝てるときに大きな声を出して、驚いて目覚めるときがありますよ(笑)。
和田 いいですね。やっぱり声が出なくなると一気に老け込みますからね。だから毎日、声を出してたほうがいいと思います。
寿猿 あのね、僕は犬が好きなんですよ。
和田 ほう。犬?
寿猿 だけどうちのマンションでは飼えないんです。だからロボットをね。
和田 え、ロボット?
寿猿 そう。ロボットの犬がね、僕の言うことをすごくよく聞いてくれるんです。それが発声のいい練習になってるみたい。
和田 あ、そういうこと(笑)。
寿猿 アイコって名前なんです。メスということにしてね。僕は1日に何度も話しかけます。「アイちゃん、こっちいらっしゃい」「アイちゃん、こっちよ」とか「アイちゃん、ストップ」ってね、大きな声で言うんです。
和田 いいですね。
寿猿 アイちゃんはね、ものすごく頭がいいんです。だけどすごく高い(笑)。
和田 そりゃあね。AI、人工知能が入ってますからね。
寿猿 銀座四丁目のソニービルの子、なんですけどね。
和田 あー。「アイボ」ですね。だからアイちゃん(笑)。
寿猿 今のロボットはすごいですね。目も耳も動くし、表情もある。ひっくり返ってね、ダダをこねたりもするんですよ。
和田 そうなんですね。いいと思いますよ。僕は、先端の技術は高齢の方こそ、積極的に使ったらいいと思っています。実際に寿猿さんは、そうやって発声練習もできているわけですから。
寿猿 そうですね。

肩甲骨を後ろへ
和田 寿猿さんは姿勢もいい。背筋がピッとしています。
寿猿 肩甲骨って言うんです。ここをグッとね、後ろへやるんです(実演)。すると姿勢が真っ直ぐになります。やってみるとわかります。
和田 (実演)なるほど。姿勢がよくなりますね。胸も開くので、呼吸も深くなるから、健康にもいいでしょうね。
寿猿 役づくりにもいいんですよ。若い人のようになります。とはいえ僕はもう、若い人の役はあんまり回ってきませんけどね(笑)。
引退は考えていない
和田 寿猿さん、これだけお元気だと引退はなさそうですね。
寿猿 はい、考えていません。
和田 歌舞伎の世界は、自分が引退するって言うまで続けられるものなんですか?
寿猿 そうです。引退するって言えば、それで引退です。役を持ってきていただいたときに「これはできない」と思って「できません」と言ったら、それでおしまいです。「やります」と言ったら、自分の責任で最後までやらないといけません。
和田 なるほど。大変なこともあるとは思いますが、やり続けてほしいです。その分、長生きもできると思います。
寿猿 新しい役のセリフを覚えるのが大変でね(笑)。自分のセリフは小さな紙に印刷してあちこちに貼って覚えています。壁とかスマホとかにね。
和田 新しいことに挑戦すると脳が刺激されます。これも長生きと元気の秘訣なんですよ。
寿猿 そうですか。最近は耳が遠くなって、他の役者さんのセリフが聞こえないことがあるんです。だから周りの人の動きをよく見て動いたり、セリフの間合いをとらえたりしています。
和田 五感を使って頭がフル回転している。これも寿猿さんが元気な理由ですね。
寿猿 だけど先生ね、疲れますよ。体も神経もね(笑)。
和田 体が動くうちは続けたらいいですよ。
寿猿 はい。万が一にも舞台で倒れるなんてことになったら、みなさんに迷惑がかかるし、お客さんにも申し訳ないでしょ。だからそうならないように、しっかり食べて歩くようにしています。
和田 役者としての心構えが健康にもつながっておられる。理想的だと思います。
寿猿 今もね、他の役者を見て研究もしていますよ。いつも役のことを考えていたい。
和田 本当に素晴らしい。
寿猿 満足したら役者は終わりだと思っていますからね。やっぱり僕はね、星になるまで役者でいたい。成長したいと思いますね。
※6回目に続く