漫画家・ちばてつや。誰もが知る『あしたのジョー』の作者であり、2024年は漫画家で初の文化勲章を受章。86歳の今も連載を続けるレジェンドと高齢者医療の専門家・和田秀樹。広い世界観を持つふたりの対談から深い人間愛が溢れてきた。『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。1回目。

漫画家は孤独
和田 ちば先生とは「エンジン01文化戦略会議」の集まりでお会いしていますが、ゆっくり話すのは初めてなので、とても楽しみです。なんせ僕が子供の頃からすごい人でしたから。先日頂戴した自伝的な漫画『あしあと』も素晴らしかったです。
ちば うわー、読んでくださったの。ありがとうございます。
和田 『あしたのジョー』はもちろん、僕は『ハリスの旋風』も好きでした。今日はちば先生の仕事場にお邪魔しましたが、ここで描かれてたんですか? その頃はお弟子さんもたくさん。
ちば はい。かつては10人近くいたんですけどね。体力的に私が描けなくなったんで。
和田 やはりこういう静かな場所は集中できるんでしょうね。
ちば このあたりはね、手塚治虫さんとか馬場のぼるさん、松本零士さんとかね、たくさんいたんですよ。漫画を描くのは孤独な作業だから。締め切りに追われて苦しんでる仲間が近くにいると少しホッとするんですよ。そんなわけで、なんとなく集まってきたのかもしれませんね。
和田 大きなジョーの絵が壁に描かれ、フィギュアもいっぱい。夢のようです。漫画のキャラクターはご自身でお作りになる?
ちば だいたいそうですね。原作者がいる場合は、いろいろお話をして「こんなタイプはどう?」なんて描いて見せて「もうちょっと年上がいいかな」とかね。そういう相談をすることもありますが、だいたい漫画家に任せられますね。
和田 漫画家はストーリーから絵まで、全部をひとりで作る。全部できちゃうだけに、わりと完璧主義の人が多い気がします。
ちば 漫画家っていうのはまじめでね、人に任せられない人が多いんですよ。私も背景とか、描きやすいものは誰かに任せて、肝心なところだけ描けばいいんだけど。どうしても背景の木の一本一本まで自分でやらないと気が済まない。
和田 まじめゆえに、自分を痛めつけちゃう人もいるのかもしれませんね。そんななかで、ちば先生はずっとお元気で、今も『ビッグコミック』で連載を続けている。だから今日は、長寿の秘密を探りに来たんです(笑)。

漫画家。1939年東京都生まれ、満州育ち。1956年にデビュー。2024年に菊地寛賞受賞、同年文化勲章を受章。主な作品に『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など多数。現在もビッグコミックにて『ひねもすのたり日記』を連載中。
長生きとスポーツと朝活
和田 ちば先生はスポーツをされているからなのか、とても姿勢がいいですね。
ちば そうなのかなあ。若い頃に無茶苦茶やって身体を壊したんです。いろいろと精神的な病気もしちゃいましてね。
和田 無理をされたんですね。
ちば そうなんです。ところがね、ちょっと野球ものを描くんで仕方なくキャッチボールをしたら途端に元気になったんですよ。それで私の病気の原因は運動不足だとわかった。もうそれからですよ。「漫画家やるんなら運動しなくちゃダメだ」とみんなに言い回ってね。
和田 巻きこんだんですね(笑)。
ちば そう(笑)。野球チームを作ったんです。あっちでもこっちでもつくって16チームぐらいできたことがあります。
和田 すごい! だけど野球だけじゃなく本当にいろんなスポーツの漫画を描かれてますよね。僕が思いつくだけでもボクシング、剣道、テニス、ゴルフ、あらゆるスポーツが出てきます。
ちば 運動は得意じゃないけど、仕事をするなら運動しなくちゃダメだと思ってね。それがよかったのかもしれないですね。
和田 今はどのぐらい運動を?
ちば できるだけ毎日。
和田 すごい!
ちば 近くにね、テニスコートがあるんですよ。それから野球場もグラウンドがあるし。
和田 運動は朝食後ですか?
ちば ご飯を食べる前ですね。私は自転車で、家内は歩いてテニスコートに向かいます。
和田 奥様とテニスをなさる。素晴らしいですね。
ちば ええ。そこで30分から1時間ぐらい一緒にね。年齢的に同じぐらいの相手を見つけて。
和田 日本でテニスが流行りだしたのが今の上皇様の時代ですから、ちば先生の年代だとまだいらっしゃるんですね。
ちば そうなんです。まあ、半分はお喋りですよ。コートチェンジする時にね、ベンチに座ってお喋りして。
和田 テニスの後に食事を?
ちば そうですね。
和田 とてもいいと思います。朝ご飯は、たくさん食べたほうがいいので、お腹を空かしてからのほうがいいんですよ。
ちば そうですか。なんとなく自然にそうなっちゃったんですけどね。起きたばかりだと、ご飯を出されてもあんまり食べられないから、その前にちょっと運動するようになってね。
和田 ちば先生の年齢では、しっかり食べて栄養を摂ることが大事なので、とてもいいと思いますよ。
ちば 弟子やアシスタントがいっぱいいた頃は、1日に5食ぐらい食べてましたね。5食というか6時間おきに。ずっと、夜中でも仕事してますから。
和田 本当に過酷な仕事です。
ちば 誰かが起きてるんでね、交代でご飯を作ってました。
和田 今はどのタイミングで漫画を描くんですか?
ちば ご飯を食べて、ちょっとお茶を飲んで、それからゆっくり仕事を始める。午後からですね、午後から眠くなるまで。
和田 え、眠くなるまで? やはりエネルギーがすごい(笑)。
※2回目に続く

1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。