『あしたのジョー』の作者であり、86歳の今も連載を続けるレジェンド漫画家・ちばてつや。高齢者医療の専門家で、『80歳の壁』著者・和田秀樹。“長生きの真意”に迫る連載、ちばてつや編2回目。

イキイキと長生きする秘訣に迫る
和田 そこに飾られている絵、ちば先生が生んだキャラクターが勢ぞろいしていますね。
ちば そうですね。
和田 ストーリーとか人物描写もそうだけど、こういう絵が描けることがすごいと思います。
ちば そうですかね。
和田 僕はね、絵が好きなんです。レオナルド・ダ・ヴィンチの絵も漫画の絵もそうなんですけど、ちば先生の絵は生気があるでしょ。
ちば そうですか、うれしいね。
和田 紙の上に描かれたものなのに、そこから生気が出てくるのって、僕はすごい不思議で。実在するというか。なんかね、こっちに来てくれるとかしゃべりかけてくれそうとか、エネルギーに満ちてるとか、そういう感じがやっぱり漫画にはあるんですよね。
ちば ありがたいですね。
和田 ちば先生は、もともとは都会の人でしたよね。
ちば (戦後)日本へ引き揚げてきてからは下町ですけども、まあ、東京でしたね。
和田 今は練馬にいらっしゃいますが、ちば先生は下町の雰囲気がありまして。僕も関西人なので、なんだか似たところを感じます。
ちば 全然出ませんね、関西弁。
和田 親の仕事の関係で大阪と東京を行ったり来たりで、小学校を6回も転校しているので。だけど関西の人としゃべると関西弁になります(笑)。
ちば 「ほんまかいな」って、しゃべりやすいですよね、関西弁っていうのは。私はとっても好きですよ。

漫画家。1939年東京都生まれ、満州育ち。1956年にデビュー。2024年に菊地寛賞受賞、同年文化勲章を受章。主な作品に『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など多数。現在もビッグコミックにて『ひねもすのたり日記』を連載中。
銭湯が教えてくれたこと
和田 僕は、おばあちゃんが大阪の下町に焼け出されたんですけど、すごくそこに馴染んだんです。銭湯とか行くと、みんなが声をかけてくれてね。本当にみんなしゃべりまくってる(笑)。
ちば 私はね、母親と一緒に女湯に入っていました。そしたら6年生のときに「ちばはまだ女湯に入ってる」と同級生にからかわれてね。「あ、大きくなったら女湯に入っちゃいけないんだ」と男湯に行くようになった。成長が遅かったんでしょうね。
和田 昔は6年生くらいまで普通に入ってましたよ。
ちば 昔はね、みんな小柄だったんです。栄養失調でね。私も本当にチビだったんですけど、今の6年生は大人みたいで。
和田 だけど銭湯はコミュニティとして機能していましたよね。僕も子どものときには女湯に入っていましたが、お客の半分ぐらいはおばあちゃん。暇つぶしに来るのよ。
ちば そうそう。おばあちゃんはたくさんいたね。
和田 おばあちゃんの割合は今と比べたらずっと少ないんだけど、長居するからおばあちゃんだらけになる(笑)。アホみたいな世間話をして、牛乳を飲んだり。10円のマッサージ機があったりしてね。ああいう場を日本は復活させたほうがいいような気がするんだけど。
ちば 本当にね。銭湯に行くとホッとしましたね。みんな裸でね。おじいちゃんもたくさんいましたよ。戦争帰りで、片腕がなかったり、片足がなかった人もいましたよ。
和田 そうですよね。
ちば いろんなタイプの人を見ていたからね、それがよかったのかな。私も漫画家になったので。
和田 そうかもしれませんね。
ちば いろんなタイプのね。片足の人、片目の人、昔は平気で描いた。今はなかなか難しいんですよ。障害のある人をあんまり描いちゃいけないとかってね。
和田 それもおかしな話ですよね。本当は知らないことが一番まずいのだと僕は思います。例えば、今は核家族で、おじいちゃんおばあちゃんに触れたことのない人も多い。でも田舎だと75歳の人はまだ若くて、90歳の人を世話していたりするんですよ。クルマに乗せて病院に行ったりとか。これがリアルです。だけど、そのリアルを知らない人は、75歳なんてヨボヨボ老人だと思っているから平気で「免許を取り上げよう」なんて言ってしまう。
ちば 想像がつかないんでしょうね。
和田 確かにね。僕も50歳ぐらいのときには70歳になったらもうボロボロだろうなと思っていました。でも今65歳で、元気で仕事もできている。自分の姿を想像できないんですよね。今から20年後に自分が85歳になったとき、ちば先生のように長寿でいる姿は想像もできない(笑)。

1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。
漫画家は永遠の少年です
ちば 長寿なんですか、私は?
和田 86歳ですからね(笑)。
ちば 自分では若いと思っているんですよ、まだ。
和田 しゃべっている感覚がいいですよね。気持ちは少年のままというか。
ちば 漫画家には多いかもしれないね。若い頃からこの仕事についちゃうと、社会にあまり出ていないので、子どものまんまの気持ちでいる。松本零士にしろ赤塚不二夫にしろ、みんな本当にガキっぽいっていうかね。つまんないことでケンカしたりして、子どもみたいなところがいっぱいある。それがまたいいのかもしれませんけどね。
和田 松本零士さん、最初はサルマタケとかの変な下宿の漫画を描いていたのに『宇宙戦艦ヤマト』の後はSFの世界に突き進んでいかれて。
ちば あの人は身近な話を描いても、虫の妖精が出てきたり、人間みたいな虫が出てきたりね。そういう世界を描くのが好きでしたね。
和田 漫画家の発想の源ってどこにあるんですか?
ちば 私は身近な話ばかりを描いていますけど。自分が生きていることをね。何を食べて、何が好きで、こんなバカなことやっているっていう。下町で生きてきたからなんですかね。松本さんは、宇宙の果てに何があるんだろうとか、人間と似ている人が住んでいるかもしれないとかね。無重力ってどんな状況なのかなとか、そんなことばっかり考えていましたから。
和田 漫画の影響力はすごいですよね。生きる力とか、人生に力を与えてくれる。
ちば 松本さんの描いた宇宙の漫画で宇宙飛行士がたくさん出てきたわけですからね。海外でもいっぱいいるみたいですよ。
和田 ちば先生の漫画を見てボクサーになられた方もたくさんいらっしゃいますよね。
ちば そういう人も少しはいるみたいですけどね。
和田 ちば先生の漫画は、他のスポーツ根性ものとは違う、と僕は感じます。その人がどういう生まれ育ったのかとか、人間性の部分が細かいところまで描かれている。だからジョーにしても力石にしても、人間として思い入れが強くなるんです。
ちば ありがとうございます。私の性癖なんでしょうけどね。キャラクターを決めると「こいつはどういう親がいて、どういう育ち方をしたのかな」とかね。家庭環境とか、どんな友達がいるんだろうとか。実際には描かないんだけど、そういうことまで考えちゃうんです。
和田 なるほど。
ちば するとね、なんか、本当の悪人が描けなくなっちゃうんですよ。悪い奴を描きたいけど、どっか救いを持たせちゃう。こいつはね、小さいときにひどい親にいじめられて育ったりしたからこんなにグレて、悪い人間になっちゃった。かわいそうな奴なんだよって。そんなふうに思ってしまうんです。
和田 そこがいいんですよ。ちば先生の漫画には深い人間愛を感じるんです。
ちば なんかね、一人一人に思い入れが強くなっちゃてね。
※3回目に続く