『あしたのジョー』の作者であり、86歳の今も連載を続けるレジェンド漫画家・ちばてつや。高齢者医療の専門家で、『80歳の壁』著者・和田秀樹。の“長生きの真意”に迫る連載、ちばてつや編3回目。

漫画家。1939年東京都生まれ、満州育ち。1956年にデビュー。2024年に菊地寛賞受賞、同年文化勲章を受章。主な作品に『ハリスの旋風』『あしたのジョー』『おれは鉄兵』『あした天気になあれ』など多数。現在もビッグコミックにて『ひねもすのたり日記』を連載中。
漫画は素晴らしい文化
和田 ちば先生は2024年、文化勲章を受章されました。遅ればせながら、おめでとうございます。
ちば ありがとうございます。ちょっとびっくりしましたね。もっとふさわしい人がたくさんいますから。
和田 漫画家では初めてです。
ちば みんなね、亡くなっちゃったから。漫画家は無理するんでね、締め切りに追われて。体力的にね、みんなまいっちゃうんですよ。
和田 そんななかで、ちば先生が受賞されたことは、やはり意味のあることだと思いますよ。
ちば 漫画っていうのはね、やっぱり素晴らしい文化だと思います。それは私じゃなくて、先輩たちにね、素晴らしい漫画家たちがいたんです、たくさん。後輩たちにも『ドラえもん』や『ドラゴンボール』、『ワンピース』とか、世界中で日本の漫画がおもしろいと評価された。漫画だけじゃなくアニメーションとかゲームとか、いろんなものがね。
和田 どれも漫画から発生したものと言えます。
ちば 日本では漫画は日常の中に当たり前のようにあるけど、海外では日本の漫画は本当に芸術だって言ってくれる人もいて。それこそ葛飾北斎とか、あの時代からずっと素晴らしい先輩がいて、素晴らしい仲間がいて、素晴らしい後輩がいたからですよ。
和田 それが認められた。
ちば そういう人全員にくださったものなんで。私はたまたま長生きしていたから「じゃあ、ちばさん代表でもらいに来なさい」って言われたんですよ。
和田 今の日本で世界に勝てるものって漫画とアニメぐらいじゃないですか? クルマも負けるようになって、ITもスマホもAIも全部負けてますから。
ちば そうなんですかね。
和田 海外の人がお金を払って見てくださる。それだけの価値があるからです。ちば先生はその先駆者ですから、やっぱりすごいんですよ。漫画の社会的地位もどんどん上がっています。
ちば 本当にありがたいですね。日本ではつい20~30年前まで「漫画は悪書」だと叩かれていたんです。子どもが勉強しなくなるから読んじゃダメってね。
和田 そうでしたね。
ちば 手塚治虫さんが性教育をわかりやすく漫画に描いたことがありましてね。
和田 『ふしぎなメルモ』。
ちば そうそう。メルモが出たときに大阪のPTAのお母さんたちが抗議行動を起こしたんです。他にもエロ本とかエロ写真とかを集めて、山に積んで燃したんですよ。
和田 焚書事件ですね。
ちば はい。その中に『ふしぎなメルモ』も入っていてね。私はもう本当に悔しくてね、泣いた記憶があるんです。それが今は「漫画は日本の文化として認めていいんじゃないか」と賞までくれたんですから、本当にね、ありがたいんですよ。
和田 ちば先生たちが築き上げてきた世界です。
ちば 受賞してね「ありがとう。手塚さんたちの代わりに私がお受けしましたよ」って天に向かって報告しました。それは聞こえたと思います。
和田 いいお話です。ある時期から日本人は本を読まなくなった。それでも漫画を読むと国語力は上がると言われます。まあ、漫画すら読まない、アニメだけ見ている人とかは、あんまり国語力が上がらないんですけど。
ちば 文字を読みますからね。

1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。
ひねもすのたり日記
和田 『ビッグコミック』で今も連載をされていますよね。
ちば まだやっているんですよ。
和田 すごいなあ。
ちば いやいや。大したページ数でもないんですけど一応ね。「ちばさんに4ページあげるよ」って好きに描かせてもらってます。
和田 絵を描くのは脳に絶対いいんです。ピカソもそうですが、画家は総じて長生きです。
ちば そうですか。
和田 連載では、身の回りのことを描かれていますよね。
ちば はい。日常のね、バカな老人の漫画家は毎日こんな仕事をして、こんなふうに生きているよって。私は戦争の体験もありますから、当時はみんな、こんなにお腹が空いていた、みたいな話とかも。
和田 タイトルは『ひねもすのたり日記』。耳慣れない言葉です。
ちば 一日中。ダラダラと暮らして、というような意味です。
和田 いいですね。そういうのんびりした暮らしに憧れます。
ちば 『ビッグコミック』の読者の平均年齢は50~60代みたいですから、ちょうどね。
和田 責任を負う世代のビジネスパーソンがホッとするんでしょうね。「ひねもすのたり」って和歌の言葉でしたっけ?
ちば 俳句です。与謝蕪村の。「春の海 ひねもすのたり のたりかな」っていう。
和田 そうだ。受験勉強のときに覚えました(笑)。とてもいいタイトルですよね。
ちば 私の前に水木しげるさんが『わたしの日々』というのを描いていた。そのタイトルをもらおうかと思ったんですけど、水木さんはまた描くかもしれないので、似たような名前で『ひねもすのたり』と。
和田 なるほど。どれくらいの時間をかけるんですか?
ちば 時間はあんまり考えないで、なんとなく気が向いたら描くという感じで。
和田 「ひねもすのたり」ですね(笑)。ちば先生の絵って、本当に端から端まで細かいですよね。僕は映画を撮るのですが、映画も監督によって、細部を気にしない人と、かなり画面の端の小道具まで気にする人がいるんです。ちば先生の漫画はディテールまで素晴らしいです。
ちば そうですかね。
和田 視点も面白いんですよ。例えば、食堂でみんなが並んで食べているのを上からの視点で描いてみたり。映画監督みたいだなって思います。
ちば 漫画はみんなそうじゃないですかね。上から俯瞰したり、下からあおったり。私も映画を見てずいぶん勉強になっていますからね。
和田 じつは、僕が『受験のシンデレラ』って映画を作ったときに『あしたのジョー』の受験版を作ろうという話になって。で、読み返してみたらディテールがすごい。最初の山谷のシーンとか少年院のシーン、子どもの頃に「怖い」と思っていたんだけど、描き込まれているから恐怖を感じたんだとわかりました。
ちば ああ、ドヤ街ね。今はドヤ街じゃないんですけど。
和田 はい、ないですね。
ちば ドヤ街って宿の街のことでね。昔は1泊200円くらいで、ただ寝るだけの簡易ホテルみたいのがたくさんあった。
和田 僕も大学生になって泪橋に行ってみたんですよ。ジョーの泪橋を見てみたいと。行ったら普通の道になっていてガッカリしました(笑)。
ちば 今は官庁になってしまってね。話は変わりますが、先生の『和田秀樹チャンネル』はおもしろいですね。
和田 ありがとうございます。何を見たんですか?
ちば トランプとゼレンスキーの話をね。日本の首相はもうポチみたいになっていて、悲しいですね。日本の政治家はもうちょっとプライドを持ってほしいと思うんだけど。
和田 おっしゃる通りです。日本人はなんのために必死になって戦ったのか。
ちば うん、ねえ。

※4回目に続く