現在の日本サッカーの隆盛はこの人の存在あってこそ。Jリーグの初代チェアマンであり、今もなお多様な“スポーツ改革”に邁進する川淵三郎氏。同じく“高齢者の医療・生き方改革”に励む和田秀樹氏。両者を突き動かすエネルギーの源泉とは。『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。1回目。
自分の年齢は考えない
和田 川淵さんはサッカーだけじゃなく、バスケットのBリーグも成功させ、さらには東京都の教育改革も推し進めた方です。初対面ですが、やっぱりすごいエネルギーを感じます(笑)。
川淵 ゴルフ場でもね、キャディさんに年を聞かれ「88」と答えると、びっくりされる。その時に「そうか。僕は88だったんだ」と自覚する(笑)。日頃は年なんて気にしてないから。
和田 お元気な証拠です。
川淵 50、60代の時は80代の自分なんて想像もしなかった。だから今、こうして元気に生きていることを「もうけた人生だ」と思える。僕自身は「もういつコロッと逝ってもいい。後悔はない」と思ってます。女房ともよく「ピンピンコロリで逝きたいね」なんて話すんだけど、娘の前でそんな話をすると娘が本気で怒るので、絶対に話せない。年齢を重ね、「うまく死にたい。長患いはしたくない」と思うようになりました。
和田 生命は、遺伝的なことも含めて、期間は限られています。残念ながらそれは回避できない。認知症なんかも老化現象ですから、回避はできない。だけど、遅らせることはできるんです。
川淵 なるほど。
和田 80歳でなるよりは85、90歳でなるほうがいい。遅いほうがいいに決まってますよね。
川淵 そうですね。
和田 歩けなくなったり、動けなくなったりするのも同じです。80歳より90、100歳まで動けたらいいと誰もが思ってる。それにはやはり、ずっと現役でいることが大事なんです。頭を使い続けたり、動き続けたりすることで老化は遅らせることができるんです。
新たな挑戦で脳を活性化
川淵 71歳でサッカー協会の会長を退き、「これで楽になるぞ」と思ったんだけど、その後のほうがずっと忙しかった。猪瀬直樹さんの選挙対策委員長、首都大学東京(現、東京都立大学)の理事長、Bリーグの設立など、あれこれ頼まれて、そのおかげで、面白い人生になりました(笑)。
和田 休む間もない。
川淵 幸いにも、常に新しい刺激をもらい、世間との関わりを持ち続けることができた。頭も身体もフル回転です。
和田 脳が活性化する好条件が揃いましたね。「脳を使い続ける状況だったこと」や「新しい刺激が次々と生じたこと」です。これによって、前頭葉が活性化した。前頭葉は「人間らしさ」を司る脳とも言われます。
川淵 なるほど。
和田 前頭葉は想定外なことに対応します。例えば、転職とか引っ越しとか、新たな刺激があると活性化し、発達する。これは人間だけのものなんです。ところが日本人は、前頭葉を使わない生き方をしている人が多いんです。
川淵 そうなんですか。
和田 学校でも会社でも“前例踏襲型”の人間が評価されるでしょ。テストの点がよく、先生の言いつけを守る子が優秀とされる。社会に出てもそうです。川淵さんのように新しくJリーグ始めようとか、壁を突き破って進もうという人は少ない。
川淵 ああ、そうか。だったら僕の前頭葉は活性化してるかもしれないね。新しいことばかりやってきたわけだから(笑)。
和田 でしょうね(笑)。
川淵 だけど、大丈夫かなって時もありましたよ。サッカー協会の会長を退いた後、講演やインタビューで喋るスピードがガタ落ちしたり、言葉が出にくくなったりしたのを自覚した。「このままじゃボケちゃうんじゃないか」と危機感を持ったんです。ちょうどそんな時に、石原慎太郎さんから「東京都の教育委員になってほしい」と言われ、「ぜひやらせてほしい」と即答しました。
和田 思いきりがいい。
川淵 経験のないことは、やってみたくなるんですよ。
和田 実験的な人生ですね。
川淵 幸か不幸か、その年は教科書認定の年に当たっていて、段ボール5箱の教科書が送られてきました。全部は読めないけど、興味のある日本史、英語、数学の教科書を読み、意見を言った。その時には喋るスピードが戻ってましたよ。やっぱり脳は使わなきゃダメだね。
和田 さすがです。
常識は疑ってかかれ
川淵 「首都大学東京の理事長になってくれ」と言われた時も、喜んで引き受けました。着任前の準備期間に、2年分の理事会の議事録を読みこみました。理事長になってから「これは何?」と聞くのも恥だと思ったから、一生懸命に勉強したんです。
和田 素晴らしい。
川淵 しかも大学院や専門学校の理事長も兼ねていましたので、入学式や卒業式では3通りの挨拶をしなきゃならない。これも自分で原稿を書いて覚えました。また勉強するわけです。
和田 どんどん頭がよくなる。
川淵 例えば「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という有名な言葉を使おうとしたんだけど、疑問が湧いた。言葉どおりなら、「病気や障がいのある人は健全な精神が宿らない」ってことになるわけだから。それで、調べてみたら、古代ローマの詩人ユウェナリスは「健全な精神が健全な身体の中にあるようにと願われるべきである」と言ったそうなんです。つまり間違ったまま覚えてることって多いんですよ。改めて、学ぶことの大事さを知りましたね。
和田 現代人は情報を鵜呑みにしすぎですよね。それが日本人の老化をさらに進めている気がします。