創業111年の名門マセラティが発表したMCプーラ。新しい時代のスーパースポーツの注目ポイントを紹介する。

栄枯盛衰、陰影に富んだマセラティ物語
前々から思っていたけれど、もしイタリアにNHK朝の連続テレビ小説的なものがあれば、マセラティが取り上げられるのではないだろうか。それくらい、このブランドのストーリーはドラマティックで、陰影に富んでいる。
まずは、マセラティ物語のさわりを紹介したい。

クルマの黎明期だった1914年、仲のよかったマセラティ6兄弟のうち、エンジニアリングに興味を持つ3人がボローニャの地に自動車工房を立ち上げる。マセラティのレーシングマシンはすぐに頭角を現し、1920年代のモータースポーツシーンを席巻する。1930年代には、3兄弟の中心人物だったアルフィエーリが44歳の若さで亡くなるという悲しみを乗り越え、大資本をバックに潤沢な資金を投下するドイツ勢に対抗、家族経営のマセラティが奮闘する。
けれども、優れたマシンを開発するためなら躊躇なくお金を使うという理想主義的な姿勢は財政難を招き、存続の危機に瀕したことも一度ではなかった。それでもモータースポーツへの情熱は衰えることなく、第二次大戦後の1957年には伝説のドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオとともにF1を制した。
といった具合に、創業から21世紀までを描こうとすると、半年の放映期間では足りないほどの濃いエピソードを持つマセラティが、新しい時代のスパースポーツとして2020年に発表したのが、マセラティMC20。MCとは「マセラティ・コルセ」の略で、コルセとはイタリア語でレースの意味だから、サーキットで勝利を重ね、それが高いブランド力に昇華したという原点に回帰するモデルだ。
そして2025年夏、MC20の進化型であるマセラティMCプーラが発表された。車名のプーラ(pura)とはピュアの意で、つまりマセラティの真髄を純粋に表現したモデルだと主張している。
では、マセラティの真髄とはなにか? マセラティMCプーラの注目ポイントを紹介したい。

エンジンの名称にまで物語がある
AIアクアレインボーという、光の加減によって虹のように多彩な表情を見せる新色をまとったデザインは、静謐な美しさと、獲物に飛びかかる直前の肉食獣のような躍動感を併せ持つ。特徴的なデザインに目を奪われがちになるけれど、カーボンファイバー製モノコック構造にも目を向けたい。強さと軽さを両立するカーボン素材によって、車両重量は1475kgと、このクラスのスーパースポーツとしては異例の軽さを誇るからだ。
クーペのほかに、コンバーチブルである「チェロ」モデルも同時に発表された。こちらはPLDC(ポリマー分散型液晶)技術を用いた電動ガラスルーフが特徴で、スイッチ操作ひとつでルーフを透明から不透明に切り替えることができる。もちろんルーフを全開にして、オープンエアモータリングを楽しむことも可能だ。
横道にそれるけれど、コンバーチブルにイタリア語で「空」を意味するチェロ(cielo)というモデル名を与えるあたりが洒落ている。

そして、クルマ好きの多くが熱い視線を送るのが、ドライバーの背後にミドシップする排気量3ℓのV型6気筒ツインターボのネットゥーノエンジンだ。マセラティが独自に開発、モデナの地で生産も行われるこのエンジンには、F1由来で国際特許も取得した革新技術、プレチャンバー燃焼システムが採用されている。
従来型のマセラティMC20で試したときには、ゆったり走るときのジェントルかつスムーズな感触と、高回転域のレーシングマシンのように突き抜ける感覚の対比が鮮烈だった。パフォーマンスにはさらに磨きがかかっているはずで、あのワクワク、ドキドキするフィーリング、背筋がゾクッとするような美爆音がどのように進化しているか、いまから楽しみでならない。
ちなみに、ネットゥーノエンジンという名称もただ者ではない。ネットゥーノとはローマ神話の海神で、英語だとネプチューン。創業地であるボローニャの紋章が海神ネプチューンの三叉の槍であり、マセラティ6兄弟のうちで芸術家の道を歩んだ五男のマリオがこれを図案化して、マセラティのエンブレムに仕立てた。

つまり、自社のエンジンが海神の名前を冠するのには、歴史的な根拠があるのだ。
歴史や積み上げてきたスポーツカー作りのノウハウを大事にしながら、革新的な技術で新しい時代のスーパースポーツを開発する。ある意味で、最も贅沢なスポーツカーだと言えるのではないだろうか。朝の連続テレビ小説的ではなく、大河ドラマに仕立ててもいいかもしれない。

エンジン形式:3ℓV型6気筒ツインターボ
最高出力:630ps/7500rpm
最大トルク:720Nm/3000rpm
車両重量:1475kg
パワー・トゥ・ウェイトレシオ:0.42ps/kg
価格:¥31,350,000(税込)
問い合わせ
マセラティ コールセンター TEL:0120-965-120
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。