ロールス・ロイスの新しいゴーストが、いよいよ日本の路上を走りはじめた。ボディを延伸した「エクステンデッド」仕様のファーストインプレッションをお届けする。

もともとはヤング・アット・ハートな人が好むブランドだった
東京から大阪へ出張するとなったら、多くの方が新幹線や飛行機を選ぶはずだ。東京駅や羽田空港の駐車場へ向かってハンドルを握っているとして、このまま大阪まで行きたいという誘惑に駆られるのが、ロールス・ロイス・ゴースト・シリーズⅡというクルマだった。もちろん、のぞみのほうが何時間か早く到着するだろう。けれども、たった数時間を節約するよりも、はるかに有意義な体験をこのクルマは提供してくれるのだ。

2024年秋に発表されたゴーストⅡのデリバリーが、いよいよ日本でも始まった。標準ボディより170mm長い、「エクステンデッド」仕様に試乗する機会を得たので、紹介したい。
以前はショーファーカーのイメージが強かったロールス・ロイスであるけれど、近年は若い富裕層が自ら運転する目的で購入するケースが増えているという。2010年はオーナーの平均年齢が56歳だったけれど、それが直近では43歳と大幅に若返っているのだ。
全長を伸ばし、後席スペースを拡張したゴーストⅡの「エクステンデッド」仕様も例外ではなく、自分でハンドルを握るためにオーダーする方が大半だという。

これは非常に興味深い傾向だ。というのも、ロールス・ロイスというブランドが立ち上がった20世紀初頭、自動車の黎明期に起きた現象の再現となっているからだ。
当時、保守的な王侯貴族や大実業家は、どこで止まるかわからないクルマに乗ることを拒み、馬車の後席にどっかりと座り続けた。ロールス・ロイスに飛びついたのは、若くて好奇心旺盛な貴族や大富豪の子息だった。ロールス・ロイスも彼らの期待に応え、1907年に開催された2000マイル(約3200km)のトライアルで金賞を受賞するなど、技術力と信頼性を高めた。そして、ここから“The Best Car in The World.”の歴史がスタートした。
つまりロールス・ロイスとはそもそもヤング・アット・ハートな人のためのブランドであり、21世紀に入ってもともとの姿に戻った。はたしてロールス・ロイス・ゴーストⅡに乗ると、自分でハンドルを握り、はるか彼方を目指したくなる理由がよくわかった。

クラフツマンシップと超ハイテクの融合
派手な装飾のないエクステリアは、すっきりした印象だ。いっぽうで、威風堂々とした威厳も感じさせる。「控えめ」と「立派」という正反対の感想を抱かせるあたりがデザインの妙で、個別の要素だと神殿をモチーフにしたイルミネーテッド・パンテオン・グリルがクリーンでありながら力強い造形の中心となっている。
リアビューだと、ロールス・ロイス初のBEV(バッテリー式の純粋な電気自動車)であるスペクターを連想させる縦長のテールランプの意匠になっており、同社の新しいデザイントレンドを表現している。

飾らないのに豊かな気持ちにさせるという世界観は、インテリアにも通じている。この狙いが伝わってくる要素のひとつが、助手席側に広がるイルミネーテッド・フェイシアだ。これは星空をモチーフにクラフツマンが手作業で夜空の動きを表現したもの。文字にすると小難しいけれど、写真をご覧いただくとよくわかるように、上品で繊細な仕上がりとなっている。

ただし内外装に関しては、以前に本欄で紹介したように、世界に1台、自分だけのビスポーク・カーを仕立てる方が多いはずだ。時間をかけて自分の好みを反映し、完成するまでの時間も楽しむのがこのクルマなのだ。
試乗車に関して言えば、上質さ、リラックスのできる居心地のよさ、オーディオの高音質などをトータルすると、「高級なインテリア」という言葉では表現できない設えになっている。あえて言葉で伝えるなら、エラリー・クイーンの傑作小説のタイトルを引用して、「心地よく秘密めいた場所」と表現したい。

排気量6750ccのV型12気筒ツインターボエンジンを始動して、スタートする。エンジンの静かさ、滑らかさ、力強さは内燃機関としては異次元だ。8速のオートマチックトランスミッションの変速は、中に有能な執事がいるのではないかと思えるほどスムーズで、注意深く観察しないと変速したことに気づかないほどだ。
最近はBEVのシームレスな加速に慣れてしまっているけれど、このV12は回転の上昇とともに力感がみなぎり、快音を聞かせるというエンジンでしか味わえないドラマも備えている。BEVのモーターに匹敵する静粛性や滑らかさと、内燃機関の興奮を使い分けることができる、贅沢な原動機なのだ。
タイヤと路面の間に隙間があるのではないかと感じるほど、乗り心地は快適だ。欧米の記事ではマジック・カーペット・ライド、つまり魔法のじゅうたんのような乗り心地という表現が使われる。日本流に書けば、このクルマは天女の羽衣のように走る。
ふんわりと軽いのに、同時に重厚さも感じさせるという矛盾した乗り心地は、約120年の年月をかけて磨き上げた職人技と、カメラで前方の路面状況を観察してセッティングを変化させる最先端技術の合せ技によるものだ。ほかにもGPSのデータを活用してカーブの曲率に応じてトランスミッションをコントロールする技術も使われているけれど、共通するのは、新しいテクノロジーが作動していることをドライバーに悟らせないことだ。
デザインと同様、このクルマの機能は「がんばってます!」と主張することがない。
冒頭に記した1907年の2000マイルのトライアルで金賞を受賞した銀色のマシンは、ロンドンの深い霧の中から音もなく登場する姿が銀色の幽霊のようだったことから、シルバーゴーストと呼ばれた。現代のゴーストⅡもまた、守護神のようにそっと寄り添ってくれる。
よく、「このクルマは長時間ドライブしても疲れない」という表現を使うけれど、ゴーストⅡは次元が違う。乗れば乗るほど癒やされ、豊かな気持ちになり、活力が湧いてくる。だから大阪でも仙台でも自分でハンドルを握ってドライブしたくなるのだ。

全長×全幅×全高:5715×1998×1571mm
(※全幅はミラーを含まない値)
パワートレイン:6.75ℓV型12気筒ツインターボ
エンジン最高出力:571ps
エンジン最大トルク:850Nm
0−100km/h加速タイム:4.8秒
価格:¥44,804,040 (税込)
問い合わせ
ロールス・ロイス・モーター・カーズ TEL:0120-980-242
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。