日本でも高い人気を誇るドイツのアルピナが、2025年をもってブランドを譲渡する。歴史のフィナーレを飾る最後のアルピナに試乗した。

ドイツで最も小さな自動車会社は、こうして生まれた
久しぶりにアルピナのエンブレムを冠したモデルのステアリングホイールを握って、少しおおげさに言うと、心が震えるような体験をした。エンジンも乗り心地も絹のように滑らかな手触りで、固くて冷たい金属で構成される機械であるにもかかわらず、体温のようなものを感じたからだ。
同時に、60年におよぶアルピナの歴史に幕が下りることに、寂しさを感じずにはいられなかった。すでにアナウンスされているように、2025年末をもってこのブランドはBMWに譲渡されることが決まっているのだ。
今後も、BMWのラインアップにアルピナというブランドが残る可能性はあるものの、家族経営の“ドイツで一番小さい自動車製造会社”が開発・製造する純粋なアルピナ車は、ここで紹介するアルピナB3 GTとB4 GTが最後ということになる。
アルピナB3 GTのインプレッションをお伝えする前に、このブランドの歴史を駆け足で振り返っておきたい。

アルピナの創始者であるブルカルト・ボーフェンジーペンは、1960年代よりBMWの名チューナーとして知られた。彼はレースでの好成績をもってBMWからの信頼を勝ち取り、緊密なパートナーシップを結ぶようになる。1970年代後半からはチューニングメーカーではなく、BMWの車両をベースに完成車を製造・販売する企業へと移行、1983年にはドイツ政府の自動車局によって自動車製造業者として登録された。このときからアルピナは、規模こそ小さいものの、独立した自動車会社として歩みを進めてきた。
現在は、ブルカルトの子息たちがブルカルト・ボーフェンジーペン有限&合資会社の経営を引き継いでいるけれど、アルピナというブランドを譲渡した後は、アルピナ車のレストア関連事業や新たなモビリティの開発に取り組むことになるという。
年産1700台だから可能になる丁寧な仕事
アルピナB3 GTには、ステーションワゴンのツーリングも設定されているけれど、今回試乗したのは4ドアセダンのリムジン。ちなみにB4 GTは、グランクーペという4ドアクーペ的なスタイルをまとっている。

ベースとなる車両はBMWのM340iで、外観に派手な装飾を施さないのはこのブランドの文法通り。ただし、空力性能を引き上げるためのスポイラーや軽くて強いアルミ鍛造ホイール、さらにはエンジンルームの補強ブレースなど、パフォーマンスを向上させるために細部に至るまで手が加えられている。見せびらかしたり自慢することではなく、乗る人を満足させることを目的にクラフツマンシップを注いでいるのだ。スーツの裏地や腕時計の裏蓋へのこだわりに、少し似ている。
インテリアも同様で、ステアリングホイールやシートに用いるレザーをさらに上質なものにしているものの、盛ったり飾り立てたりはしない。
したがってインテリアの印象は基本的にはBMWの3シリーズと共通であるけれど、唯一の例外がシフトセレクター。最新のBMW3シリーズはトグル式のコンパクトなものに変更されているけれど、アルピナB3 GTは垂直方向に屹立したクラシックなタイプを採用している。
走り出して真っ先に気づくのは、望外の乗り心地のよさだ。洗濯板状の荒れた路面や、首都高速の路面のつなぎ目を通過しても、「ここは路面状態が悪い」という情報はクリアに伝えながら、不快に感じる振動や衝撃は巧みに遮断してくれる。
ここでドライブモードを「コンフォート」から「コンフォートプラス」に変更するとさらに乗り心地は快適になり、ほどよい温度の温泉に浸かっているようなリラックスした気分になる。
ここでドライブモードを「スポーツ」あるいは「スポーツプラス」へ切り替えると、今度はエンジンが存在感を示すようになる。BMW M3/M4に積まれる3ℓ直列6気筒ターボに独自セッティングを施したエンジンは、低回転域では“シルキー・シックス”という称号にふさわしいスムーズさを見せるいっぽう、3000rpm、4000rpmと回転を上げるにつれて快音と力感がドラマチックに盛り上がる。
さらに5000rpmを超えると、背筋がゾクゾクするような美爆音でコクピットが満たされ、右足とエンジンが直結しているかのようなレスポンスの鋭さに心がたかぶる。
加速力も圧巻ではあるけれど、日本の道路事情でスピードを求めると、免許証がピンチになる。だからアルピナのように、音やレスポンスを含めた官能を楽しめるクルマがうれしい。
アルピナにとって日本は、本国ドイツとアメリカに並ぶ大きな市場だという。控えめなデザイン表現とともに、300km/hでぶっ飛ばさなくてもクルマの出来のよさが味わえるあたりが、日本のエンスージアストから支持される理由だろう。

圧倒的なパフォーマンスを披露しながらも、そこに野蛮さが一切なく、繊細にコントロールできるのは、エンジン、トランスミッション、4輪駆動システム、サスペンションなどが丁寧にセッティングされているからだ。たとえばエンジンの出力特性の設定には、1年もの時間を費やしたという。年産1700台という規模だからこそ可能になる手間暇のかけ方で、クルマから伝わる体温のようなものは、こうして生まれるのだろう。
逆に考えると、作品を作るようなクラフツマンのこだわりを維持することが、効率を重視する現在の自動車産業では難しくなったのかもしれない……。最後になるかもしれないアルピナとのランデブーを堪能しながら、少し感傷的な心持ちになった。

全長×全幅×全高:4725×1827×1440mm
ホイールベース:2851mm
エンジン:3ℓ直列6気筒ツインターボ
エンジン最高出力:529ps
エンジン最大トルク:730Nm
価格:1,650万円〜(税込)
サトータケシ/Takeshi Sato
1966年生まれ。自動車文化誌『NAVI』で副編集長を務めた後に独立。現在はフリーランスのライター、編集者として活動している。