放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、「令和ロマン」「エバース」「ヨネダ2000」をはじめ、多くの教え子を輩出した桝本壮志のコラム。

「28歳のクリエイターです。本田圭佑さんの解説が話題になった4年前のサッカーW杯中継を、桝本さんが手掛けていたと知りました。言える範囲でいいので、ヒットさせたコツや裏話を教えてください!」という質問をいただきました。
もうすぐ開幕ですね。あれからもう4年が経ちますか。
カタールW杯中継の演出にたずさわり、大きな反響をいただいたことは、僕のクリエイター人生のなかでも特別な瞬間の一つでした。
ネットTV局・ABEMAの参入、しかも全試合無料放送。W杯経験者で現役選手でもある本田圭佑さんによる、ピッチに立っているかのような「ホンダ・ワールド」な解説など、史上初づくめで「サッカー中継の歴史を変えた」とも言われた前回大会。
あれを実現させた最大の功労者は、「地上波にはない中継をやってみたい」と考えたサイバーエージェントの社長(当時)藤田晋さんの英断です。
僕は、その歴史の扉を開ける制作チームの一人であったに過ぎませんが、全体演出を任されたK氏と二人三脚で、100以上のプランを練り、手さぐりで扉をこじ開けていきました。
今回は、その「サッカーW杯中継が変わった瞬間の裏側」を、前編・後編に分けて明かしてみたいと思います。
本田解説は、本人も「どうなるか分からない」だった
本田圭佑さんをGM(ゼネラルマネージャー)に迎え、ABEMA中継の顔になっていただいたものの、ACミランで10番をつけていた現役選手が解説をするのは前代未聞。当初は、業界はおろか、ご本人でさえ「どうなるか分からない」と言っていました。
しかし、僕ら演出チームは「まったく新しい解説になる」という手応えを感じていました。
それは、本田さんが過去に開いたサッカー教室のVTRを見たときのこと。
最初は、子供たちに優しく語りかける本田さんでしたが、プレー映像の解説になると、語気と熱量がギアチェンジしたのです。
そして、共にプレーした吉田麻也・長友佑都選手らは、「マヤ」「ユウト」と呼び捨てにし、辛口な批評もする“現役選手ならではの発言”になる。
けれど、接点のない三笘選手らは、丁寧に「さん付け」で呼び“解説者視点の言葉”が多くなる。
この人は、時に同じピッチに立つ「選手」になり、時に俯瞰で見る「解説者」にもなれるんじゃないか?
それまでのセルジオ越後さんや松木安太郎さんらにはない、本田さん特有の「新しさ」に気づいた瞬間でした。
そこから僕らは、大会期間中、どうすれば本田さんの「本田節」を最大化できるのか? を考え抜きました。
開幕前から、ショートコンテンツで「本田圭佑の一問一答」を展開し、彼の言霊に再注目してもらう流れをつくり、試合当日は、ピッチ解説に旧知の仲である槙野智章さんを配置して、より現役選手目線と本田節が炸裂しやすい環境を整えていったのです。

1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)講師。「令和ロマン」をはじめ、教え子は1万人以上。新著『時間と自信を奪う人とは距離を置く』が絶賛発売中! 桝本壮志へのお悩み相談はコチラまで。
試合開始前に「歴史が変わった」と確信した瞬間
「見たことのないサッカー中継を本田節で届ける」。方針は固まったものの、初戦のドイツ戦を迎えるまでは不安でした。なにせ、前例のない賭けでもあったからです。
しかし、そんな不安を吹き飛ばしたのも本田さんでした。
試合前は、言葉を選ぶような落ち着いた口調だったのですが、いざ選手が入場してくると、「アンセム(入場曲)大人しくない? もっと選手の気持ちが上がる曲にしてほしい」と、急にギアが変わったのです。
それは、サッカー教室のVTRで見た、選手と同じピッチに立つ感覚でサッカーと向き合う、現役選手・ケイスケホンダそのものでした。
そこからは本田節の雨あられ。ドイツの中心選手のプレーを見て、「ギュンドアンうざいわ!」とカメラを忘れているかのような言葉を発したかと思えば、接点のない若手のプレーには、「さん付け」を忘れずにリスペクトのある解説を展開。
ピッチにいる槙野さんとの掛け合いも功を奏し、互いを「マキ」「ケイスケくん」と呼び合い、これまでの中継になかったタメ口解説と持論の応酬が披露されていったのです。
「これ、中継の歴史を変えたんじゃないですか?」
試合中に届いた知人ディレクターのLINEを見ながら、きっとそうなると、自分でも思いました。
「あの入場時の本田さんのひと言。アレで変わったね」と返信し、また試合に没入。その後も、僕らの演出は実を結び、歴史は変わっていったのです。
続きは後編で。では、また来週お逢いしましょう。

