2025年夏の参院選をにらみ、2025年6月9日、『幸齢党』を立ち上げた精神科医の和田秀樹氏。その意図は、「高齢者を元気に、幸せにすることが、日本の窮状を救う」からだ。少子高齢化を憂うるのではなく、その現状を活用し、日本再生を目指す和田氏が今思うこととは? 後編。

1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニックを開院。35年以上にわたり、高齢者医療の現場に携わる。シリーズ累計85万部を突破した『80歳の壁』や『女80歳の壁』など著書多数。最新刊に、『幸齢党宣言』がある。
「高齢者は社会のお荷物」という認識はアウト
長年高齢者医療の現場に携わってきた和田秀樹氏は、その知見を活かし、『80歳の壁』シリーズなど多くの著書で、高齢者が元気で、幸せであるために本当に必要な医療や社会活動の提言をしてきた。その想いは、主な読者層である中高年には深く刺さっているが、医療の現場や行政はなかなか変わらないのが実情だ。
「医者として長年高齢者と接していますが、薬を減らしたり、栄養状態を改善したりすることで、元気になる高齢者はたくさんいます。それは、調査研究といったデータでも証明されているんですよ。それなのに、患者が医師に『薬を減らしてくれ』と要望しても、応じてもらえない。高齢者が自動車事故を起こすと、マスコミはこぞって『老人は運転するな』と煽りますが、薬による意識障害の可能性があるということは、まったくと言っていいほど取り上げません。
先日のフジテレビの問題でも、とある識者から『87歳がフジサンケイグループの代表だなんて異常だと思う』という発言がありましたが、投資の神様、ウォーレン・バフェットは94歳ですし、ピーター・ドラッカーも90代になっても活躍していました。高齢者だから能力が劣っていると考えるのは、間違っています」
年をとっても“知恵”は健在
少子高齢化の問題が叫ばれて久しいが、その根底にあるのは、和田氏が指摘する通り、「高齢者は労働力にならず、生産性が低い」「高齢者の生活を、現役世代が支えなければいけない」という認識だ。ゆえに、将来の現役世代を増やすべく、国は少子化対策に力を注いでいるが、「高齢者に今の元気を維持させる方が得策」と、和田氏。
「出生数は9年連続で減少し、昨年の出生数は70万人をきって68万人あまりでした。岸田前政権が異次元の少子化対策として多額の予算をつぎ込みましたが、万が一効果が出て、来年あたりに出生数が増えたとしても、その子たちが働き手になるまでに20年はかかるわけです。であれば、今の高齢者に元気でいてもらい、労働力を担ってもらう方が、よほど日本のためになるのではないか。僕は、ずっとそう考えてきました」
年を取ると、頭がうまく働かなくなる。その認識についても、和田氏は異を唱える。
「知能には、新しい情報を得て処理し、操作するための『流動性知能』と、経験や学習などを通じて取得していく『結晶性知能』があります。前者は、10代後半から20代前半にピークを迎えた後、低下の一途をたどりますが、後者は高齢になっても安定していて、伸びることすらあるとされています。『結晶性知能』は、いわゆる知恵。年を重ねれば重ねるほど、経験が増え、知恵がつくのだから、それを活用しない手はないでしょう。
しかも、団塊の世代は空前の受験ブームをくぐってきているので、能力が高い。だのに、その人たちの能力をうまく使いこなせない経営者が多すぎる。これは、本当にもったいないと思います」
ビジネスチャンスは高齢者マーケットにある
総務省の家計調査報告2022年によると、世帯主が65歳以上の二人以上の世帯における貯蓄金額の平均値は2,414万円。じゅうぶんとは言えないまでも、20代・30代の平均値が生活するのに精一杯で貯蓄に回せないと嘆く若者世代に比べれば、雲泥の差だ。
「今の70代、80代は、年金も比較的多い、いわば勝ち組。しかも、1970年に『anan』が、1971年に『non・no』が創刊されるなど、若い時にファッションの洗礼を受けている世代ですからね。おしゃれや車、グルメなどへの興味も強いし、体力・気力・感覚いずれもかなり若い。それなのに、このマーケットをターゲットにしているのは健康食品など、いかにも高齢者向けのものばかり。せっかくのビジネスチャンスを生かしていませんよね」
たとえば、外食産業なら。少食にはなったものの、フランス料理やイタリアンなどのフルコースや懐石料理を楽しみたいという高齢者をターゲットに、ポーションが半分のコースを提供する。アパレルの場合、“いかにも高齢者向け”のアイテムではなく、70代、80代の体型を考慮しつつ、トレンドを取り入れたおしゃれなブランドを展開する。「そうしたサービスが、今後ますます求められるようになる」と、和田氏。”今ドキの高齢者に刺さる“商品やサービスを開発すべく、高齢者をマーケティングやリサーチ担当に据えるのも有効だろう。
「自動運転可能な車に限らず、掃除や洗濯、料理をしてくれる家事ロボット、入浴などのサポートをしてくれる介護ロボットの開発も、日本は他国に後れを取っていますが、これらは、じゅうぶん勝算がある分野。現在のChatGPTの技術をもってすれば、話し相手になってくれるロボットも可能でしょう。もし、家事と介護、話し相手を一台でこなせるロボットがあれば、2000万円でも売れると思いますよ。それさえあれば、高い費用を払って老人ホームに入居する必要がなくなるわけですから」
“いつもと違うこと”が前頭葉を刺激
社会のお荷物どころか、貴重な労働力であり、日本の消費を動かすキーパーソンになりえる高齢者。では、読者世代が“元気な高齢者”になるために、今から心がけておきたいこととは?
「一番の大敵は、意欲の低下。とくに男性の場合、意欲の源である男性ホルモンが減ってくるので、対策が不可欠です。意欲は、前頭葉を鍛えることで保てますよ」
前頭葉の大切な役割のひとつが、想定外のことに対応すること。つまり、“いつもと違う”体験をすることで、刺激され、機能が維持されるという。転職や引っ越しのような大掛かりなことだけでなく、散歩のコースを変える、ふだん選ばないような服を着る、行ったことのない店を利用するなどでも、意欲低下は防げるそうだ。
「男性ホルモンを維持することも大切です。一番いいのは、いくつになっても恋をすることですが、難しければ、ちょっとエロティックな映像から刺激をもらうのでもOK。
それから、肉をしっかり食べること。コレステロールは悪者のように言われていますが、男性ホルモンの材料になるのはコレステロール。だから、年を取ったら、コレステロール豊富な肉や乳製品、卵を避けてはダメ。いくつになっても元気で、若々しくいるには、小太りな方がいいんですよ」
まずは、高齢者に対する認識を改める。そこからスタートする必要があるかもしれない。