横尾忠則さんと和田秀樹さん。美術と医学、別世界で壁を壊し続けるふたりに共通する“自由自在”な生き方とは。「見えない世界」が見えてくる面白対談! 『80歳の壁』著者・和田秀樹が“長生きの真意”に迫る連載。3回目。

AIにできること。人間にしかできないこと
和田 最近ちょっと思うところがありまして。AIを意識するようになったんですね。
横尾 人工知能。
和田 はい。人工知能はどんどん学習して発展していくから、すでに人間と同じぐらい賢いらしい。だから文章を書かせたりすると、普通に文章を書いている限りにおいては、人工知能のほうが良いものを書いたりする。ところが人工知能が絶対に人間に勝てない部分もある。それは、閃きとか感性とか、頭で考えずにそのまま動くとかです。
横尾 そうでしょうね。
和田 対談の1回目で「コンセプチュアル・アート」の話が出ましたが、頭で考えたものを絵にするんであれば、人工知能が真似できちゃうと思うんです。
横尾 うん。真似できるし、たぶん、人工知能にコンセプチュアル・アートを乗っ取られると思うんですよ。
和田 おっしゃる通りです。
横尾 そうしたときに、今のコンセプチュアル・アーティストはいったいどうするんだって。考え方と概念を詰め込んだ人は、それを外して無知な状態には、簡単に戻れないと思うんです。
和田 医者もね、検査データや画像データを見て、それに対して診断をつけて薬を出すだけなら、人工知能に取って替わられますよ。
横尾 年齢とか職業とか関係なく、同じに診てたらね。
和田 今の医療はそうですからね。血圧の高い人が100人いたら全員に同じ治療をするわけですから。
横尾 だけどそれじゃあね。
和田 はい。僕が医者を長い間やってきてよかったと思うのは、数値や知識じゃ計り知れない仕事だからですよ。僕は精神科医ですが「こんなことを言ってあげたら少し元気になるんじゃないか」とか「楽になるんじゃないか」みたいなことを閃くことがある。そういう長年の経験や勘みたいなもので結構良くなってくださるんですよ。そういうのって、たぶん人工知能にはできない。
横尾 無理でしょうね。
和田 これまで医学は50年前と同じやり方で診ていても生き残っていけたんですよ。ところが人工知能の登場で潮目が変わった。これまでの医療は、瞬時に崩壊するかもしれないんです。そういう時代だと思っています。
横尾 僕もそう思います。それと同時に、人々がAIにあまりにも信仰的になり過ぎたら、現代社会そのものが非常に危機的状況に陥ってしまう、とも思いますね。もっと悪くすると、終末時計さえも早めてしまいそうな気がします。
和田 だから皮肉なことに、AIが出てきたおかげで、人間が人間たる所以に気づけたんです。人間しか考えられないこととか人間しか閃かないことの重要性がある。「そういうものを持っている人のほうが強いのではないか」と思うようになったんですよ。

現代美術家。1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ世界各国の美術館で個展を開催。2015年には高松宮殿下記念世界文化賞受賞。日本藝術院会員。文化功労者。2025年6月22日まで、世田谷美術館にて個展「横尾忠則 連画の河」、8月24日まで、グッチ銀座 ギャラリーで「横尾忠則 未完の自画像 - 私への旅」を開催中。
和田秀樹/Hideki Wada(右)
1960年大阪府生まれ。東京大学医学部卒業後、同大附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、浴風会病院精神科医師を経て、和田秀樹こころと体のクリニック院長に。35年以上にわたって高齢者医療の現場に携わる。『80歳の壁』『女80歳の壁』など著書多数。
AI時代にこそ精神性が求められる
横尾 AIが絶対不可能なのは人間の魂の問題とか霊性(スピリチュアル)の問題だと僕は思っていて。それをAIは持っていないし知りませんからねえ。だけど人間はAIにたどり着いたために、持っていた霊的、霊性の問題を無視して現代社会を生きることになる。そして今度は滅びていく。
和田 例えば「健康」を定義するときに、WHO(世界保健機構)は三つの要素を挙げています。「ソーシャル」(社会的に健康)、「フィジカル」(身体的に健康)、「サイコロジカル」(心理的に健康)の三つが揃って健康なんだと。ところがイスラム世界では「三つでは足りない。四つ揃って健康なんだ」と言い出した。その四つ目が何かというと「スピリチュアル」なんです。「スピリチュアルに健康でないと、健康じゃないんだ」と。
横尾 もともとアニミズムはスピリチュアルでしょう。
和田 だけど、今の日本人は遠ざけていますね。だから「スピリチュアルな健康が大事だ」なんて言ったら「お前はカルトか」と言われかねない。ところがAIの時代になるとスピリチュアルが、意外にすんなり受け入れられたりする。「それが欠けたら人間じゃないよね」なんて、言う人が増えてくるんじゃないかな。

AIには無邪気さがない
和田 僕は人工知能を全否定する必要はないと思っているんです。使えるんだったら使ったらいい、つまんないと思うのなら相手にしなきゃいい。それだけの話だと思います。
横尾 あのね、僕の友達が、僕の過去の絵を「AIで動かしていいか?」と聞いてきたんです。で、やってもらった。そしたら縦長だった絵を横長に伸ばして端の部分はAIが想像して描いてるんですよ。
和田 上手いんですか?
横尾 上手いんですよ(笑)。だけど、じつにつまんない(笑)。想像力がないんです。テクニックだけで描いていてね。
和田 でしょうね(笑)。
横尾 それで僕もちょっとやってみた。僕が5歳の頃に描いた宮本武蔵の絵がありましてね。「この絵を5歳の僕が描くような表現で描いてちょうだい」とAIに描いてもらったんです。
和田 どうでした?
横尾 もう下手くそ(笑)。それだけでAIはダメだと思った。子どもの精神っていうか、なんて言ったらいいかな、うーん、インファンティリズムみたいなものをAIは出せないんです。
和田 出せないでしょうね。
横尾 無邪気さがない。だからAIはダメだなと思った。他のジャンルでは、それなりに活動するのかもしれないけど。
運命が僕を操ってくれる
横尾 僕は、運命っていうのを受動的に対応してきた。「運命」と言ったら大げさなんだけど。運命が僕を操ってくれればいいと思ってる。「操られるままどこへ行って、そこで何を見せてくれるのか」という期待とか楽しみがあるんです。だけどみんなは、それを「怖い」と思って「運命に任せないぞ」みたいに思っていますね。
和田 だけど怖かろうが怖がるまいが、くるもんはくるし、なるもんはなるんですよ。例えば明日、地震があったとしても、起こったことは変えられないじゃないですか。
横尾 あのねえ、5月10日だったかな。東京に大洪水が起こるという噂が広がっていて、真剣になってる人、僕の周辺にも何人かいるんですよ。海外脱出すると言う人もいて、僕は馬鹿じゃないのって思うんだけど。海外脱出して向こうで大怪我したり、飛行機事故に遭うことだってあるわけだからね。そういうときは「見てみよう」っていう気で構えてたらいいんですよ。巻き込まれたら、それはその人の運命なんだから。
和田 こういう生き方ができるとやっぱり素敵ですよね。クリエイティブだと思います。
横尾 だからね、面倒くさいから早く死にたいんですよ(笑)。「もっと面白いことあるかな」とも思うんだけど、こっちでもうやりたいことは一応やったし。社会的な名誉とか地位で考えれば上はいっぱいありますけど。そんなものは、それを狙う人に任せておけばいいわけです。
※4回目に続く