放送作家、NSC(吉本総合芸能学院)10年連続人気1位であり、王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2024年M-1決勝に輩出した・桝本壮志のコラム。

「新社会人です。私の職場には高学歴の人が多く、学歴コンプレックスを感じることもありますし、学歴で差別されている気もします。最近は、高学歴の芸人さんも多いですが、私のようなコンプレックスを抱えている人にどんなアドバイスをしていますか?」という相談をいただきました。
なるほど、「学歴」にまつわる質問は初めてですね。たしかに近年の芸人学校は、転職組や大学お笑い出身が増えてきたので、中卒の生徒と元官僚の生徒が同じクラスにいるなんてこともあります。
また、ロザン宇治原さんやカズレーザーさんのように、クイズや教養番組で活躍する芸人が増えるにつれ、学歴コンプレックスを抱える若手も増えたように感じます。
そこで今回は、日ごろ僕が、「学歴で差別されている気がする人たち」に届けている、言葉の酸素と思考法をシェアしていきたいと思います。
「学歴差別はなくならない」を前提に生きていこう
まず僕は、一流大学卒のテレビマンや、上場企業と一緒に仕事をしていますが、もともとは18歳で吉本NSCに入った学のない人間です。
なので、今よりブラックだった時代に、さまざまな場面で学歴差別じみた体験をしてきました。
現代は、以前にくらべ、言葉や態度で表す学歴差別は減っていますが、社会から消えるとは思いませんし、“あって当然で、あることを前提に生きたほうがラクだ”と感じています。
なぜなら、誰もが平等に扱われる世界は美しいですが、歴史を見れば、学のある人が優秀だったこともまた事実。
生成AIに「博士」や「医者」の画像を作らせると、ほぼ「白人」や「男性」になるのですが、AIに向かって「差別だ」「撤回しろ」と言っても無意味なように、一人一人が持つイメージや先入観までを変えることは難しいからです。
なので、こんなふうに考えましょう。
言葉や表情から差別は消えても、心の根の差別意識までは消えない。そんなもの。それでいいじゃないか。
自分だって、商品を買う、ランチに行く、映画を観るときは「よりネットの評価が高いモノ」に惹かれている。
フェイク、詐欺、おとり広告があふれ、正誤のジャッジがつきにくい情報社会だからこそ、「多くの人が認めているもの」が安心材料になっている。
学歴もそんなもの。アイコンの顔もプロフィールも、あやふや化が進み、面接の自己紹介もチャットGPTに丸投げ。そんな捉えどころのない人間が増殖する社会だからこそ、会社や上司は、多くの人が認める「学歴」をよりどころにする。するしかない。だから学歴差別はある。あって当然で、通常運転なんだ。
……と、これくらいの感覚で働いたほうがいいと思っています。
想像VS経験は、経験が勝つんです
吉本NSCには、家庭の経済的理由で大学に行けなかったり、家計を助けるために学校を中退してバイト生活をしたりした生徒もいます。
そんな生徒の一人に、「自分は(学歴がないので)何者にもなれていないんです」と言われたとき、僕は「でも、経験者にはなってるよ」と答えたことがあります。
学歴のある人は、その頭をつかって素晴らしい「想像」ができます。しかし、生活苦や不都合な境遇を経てきた人にも、素晴らしい「経験」がある。いわば、高学歴者が知らない領域のエキスパートだからです。
例えば、僕は16年間、新人育成の現場にいますが、どんなにエンタメ業界の未来予測や漫才分析などの「想像」を語っても、生徒は大して興味を示しません。
しかし、18歳で芸能界の門をくぐった僕の、ブラックな下積み時代、芸人を廃業したときの辛苦、上司とのトラブルなどの「経験」を語ると、前のめりになってくれる。
現代の若者は、想像よりも経験を語ったほうが刺さるので、つくづく「学歴より遍歴のほうが勝るんだなぁ」と痛感させられています。
また、僕と仕事をしている「一流」と呼ばれる高学歴者たちは、この“想像より経験が勝つ”ことを熟知しているので、自分がカバーできない領域のエキスパートを仲間に引き入れ、チームや組織を強固にできている人たちでもあります。
一緒にABEMAのサッカーW杯中継を手掛けたサイバーエージェントの社員さんは、渋谷で遊んでいた20代のとき、車に乗っていた藤田晋社長の窓を叩いて声をかけ、それがキッカケで交流が始まり入社した……なんて逸話も持っていました。
あなたのバックボーンを面白がってくれるメンターは必ずいるので、一緒にコンプレックスを抱えながら、しっかり前を向いていきましょう。
それではまた来週、別のテーマで。

1975年広島県生まれ。放送作家として多数の番組を担当。タレント養成所・吉本総合芸能学院(NSC)講師。王者「令和ロマン」をはじめ、多くの教え子を2024年M-1決勝に輩出。