PERSON

2024.02.14

野村克也が考える、“2年目のジンクス”の正体とは

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」34回目。

野村克也連載第34回「無形の力」を養おう

天賦の才に勝る「無形の力」

野村克也はスカウトによく言ったものだ。

「アマチュア時代、何本ホームランを打っていようが、何勝していようが関係ない。人より速く走る、遠くに飛ばす、遠くに投げるという天賦の才を持った選手を探してきてくれ」

つまり俊足、長打力、遠投力といった「目に見えるもの」――「有形の力」である。

シーズン前、チームの戦力分析をするとき、目に見える機動力、攻撃力、投手力などで順位予想をする。巨人などはかつて「ドラフト逆指名制度」「FA選手獲得」を利用して、巨大戦力を作り上げた。

野村は確かに、そういう走攻守の能力を有する選手を獲得してほしいとスカウトに依頼した。野村が監督を引き受けたチームの前年順位は、1969年の南海(現・ソフトバンク)が最下位、1989年のヤクルトが4位、1998年の阪神が最下位、2005年の楽天が最下位だったことも理由だろう。

しかし、有形の力で劣るなら、野村が“野球脳”を鍛える。それは野球に必要な洞察力、観察力、決断力、分析力といった「目に見えないもの」――すなわち「無形の力」だ。

野村が無形の力を鍛えることに目覚めたのは、訳がある。

プロ入り4年目に打率3割を初めて打ち、本塁打王を獲得してレギュラーに定着した。しかし以降の3年間は、大きな飛躍ができなかった。カーブが、からきし打てなかったからだ。

「スコアラーさん。相手バッテリーが私に投げてくる球種のメモをいただけませんか」

それを見て、野村は気がついた。1ボール0ストライク、2ボール0ストライクというカウントでは、野村の内角に投げてくることは100%ない。

このデータを活用し、野村はプロ8年目に2度目の本塁打王、9年目に2度目の打率3割をマークし、一気にスター選手となった。野村の「分析力」の勝利であった。

野村いわく「無形の力には限界がない」。監督就任後、多くの選手の野球脳を鍛え、潜在能力を顕在能力に変換させていった。

正攻法で戦ってかなわないなら、「奇襲」を絡めて戦うのが「弱者の戦法」だ。野球は強い者が勝つとは限らない。「勝った者が強い」のだ。

野村が率いた南海とヤクルトは優勝、楽天は2位まで順位を上げた。野村が“中興の祖”と呼ばれたゆえんである。

殴ったほうは忘れていても、殴られたほうは覚えている

打撃に悩んだ現役時代の野村が、相手バッテリーの「配球」を研究するようになったきっかけが、もうひとつある。

南海時代のチームメイト、4歳上の名二塁手・岡本伊三美(いさみ)のアドバイスを聞いたからだ。

「野村よ、殴ったほうは忘れていても、殴られたほうは覚えているものじゃないかな」

野村が本塁打を打った配球を、野村自身は忘れていても、痛い目をした相手バッテリーは覚えているということである。

相手バッテリーが研究・対策して投げてくる分、打者はその上をいかなくてはいけない。だから、失敗したとしてもさらなる変化を求めていく必要がある。

プロ野球界では、“現状維持は後退”と言われることがあるが、2年連続で同じ成績だったとしても、それは変化を求めて“攻めた結果”だ。攻めなければ、成績はもっと低下していたかもしれない。

やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうが自分で納得がいく。失敗したら元も子もないと考える選手がいる一方で、多くの選手が打撃フォーム改造に挑戦するのはそのためだ。 

「敵は我にあり」という言葉を、慢心するなという意味で野村はよく使った。1993年、1995年、1997年と、監督として日本一の頂に上り詰めたが、翌年はいずれも4位に沈んだ。

「優勝するのは難しいが、連覇するのはもっと難しい。正直な話、ワシ自身が慢心してしまっていた」

「2年目のジンクス」の正体  

セ・パ両リーグの新人王の、翌年の成績は興味深い。

好選手のプロ1年目のリアルタイムでのデータ分析は、チーム内に浸透するのが追いつかない。しかし、新人王を受賞した選手の成績は、オフの間に丸裸にされる。だから「2年目のジンクス」の正体は、選手自身の慢心と相手チームの分析力=無形の力なのである。

事実、村上宗隆(ヤクルト)と平良海馬(西武)以外、過去5年のセ・パ両リーグ10人中8人の新人王が、翌年成績を極端に落としているのだ。

✕ 2018年 東克樹(DeNA):11勝5敗→4勝2敗
✕ 2018年 田中和基(楽天):112安打、打率.265→30安打、打率.188
◯ 2019年 村上宗隆(ヤクルト):118安打、打率.231→130安打、打率.307
✕ 2019年 高橋礼(ソフトバンク):12勝6敗→4勝2敗
✕ 2020年 森下暢仁(広島):10勝3敗→8勝7敗
◯ 2020年 平良海馬(西武):1セーブ33ホールド→20セーブ21ホールド
△ 2021年 栗林良吏(広島):37セーブ、防御率0.86→31セーブ、防御率1.49
△ 2021年 宮城大弥(オリックス):13勝4敗、防御率2.51→11勝8敗、防御率3.16
✕ 2022年 大勢(巨人):37セーブ、防御率2.05→14セーブ、防御率4.50
✕ 2022年 水上由伸(西武):31ホールド、防御率1.77→5ホールド、防御率2.12

2023年新人王の村上頌樹(阪神、10勝6敗、防御率1.75)と山下舜平大(オリックス、9勝3敗、防御率1.61)。2024年の活躍が今から楽しみである。

まとめ
「2年目のジンクス」の正体は、自らの慢心と相手の分析力によるところが大きい。「現状維持は衰退である」とも言われるが、そんなときこそ“無形の力”を活用して高みを目指せば、さらなる飛躍につながるものだ。

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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