どんなスーパースターでも最初からそうだったわけではない。誰にでも雌伏の時期は存在しており、一つの試合やプレーがきっかけとなって才能が花開くというのもスポーツの世界ではよくあることである。そんな選手にとって大きなターニングポイントとなった瞬間にスポットを当てながら、スターとなる前夜とともに紹介していきたいと思う。【連載 スターたちの夜明け前はこちら】
2017年7月23日に行われた高校野球兵庫大会・育英戦
2022年の今年も多くのルーキーが既に一軍デビューを果たしているプロ野球だが、その中で最も驚きの活躍を見せている選手と言えば巨人のドラフト1位、大勢(本名・翁田大勢)になるだろう。オープン戦で見事なピッチングを見せたことが評価されてクローザーに抜擢されると、開幕戦でいきなりプロ初登板プロ初セーブをマーク。その後も快進撃は続き、4月19日には早くも10セーブに到達するなど新守護神として首位を走るチームの原動力となっているのだ。1位での入団とは言え、ドラフト会議前にはそれほど注目度が高かった選手ではなかっただけに、この活躍に驚いているファンも多いはずだ。同僚で同じリリーフ投手の高梨雄平も自身のツイッターで度々『大勢はガチ』とツイートし、その言葉をプリントしたタオルが球団公式グッズとして発売されたことも話題となった。
プロ入り前の知名度が低かった理由としては、高校、大学を通じて全国大会の出場がなかったことが挙げられるが、西脇工時代も兵庫県内ではそれなりに知られた投手ではあった。ちなみに大勢の4歳年上の兄である翁田勝基も西脇工のエースとして活躍しており、2013年夏にはチームを甲子園初出場に導いている。そんな兄の存在と“翁田”というあまり多くない名字ということもあって、筆者も早くから大勢の存在は認知していた。
実際に現場でピッチングを見たのは2017年7月23日に行われた高校野球兵庫大会、対育英戦だった。大勢はこの試合、4番、ピッチャーで出場。3回に自らの暴投で失った1点が響いて0対2で敗れ、これが高校野球最後の試合となったが、それでも随所に高い能力を示すピッチングを見せていた。ストレートの最速は148キロをマークするなど高校生としては十分な速さがあり、強豪の育英打線を8回途中までわずか3安打に抑え込んでいる。フォームは今のような変則のサイドスローではなく、オーソドックスなオーバースローで、特に目立ったのがボールに対する指のかかりの良さだ。当時のノートにも「少し肘が前に出ないのは気になるが、リリースの感覚が素晴らしく、ボールを離す瞬間にバチンと音が聞こえそう」というメモが残っている。フォームやピッチングのスタイルは現在とは異なるものの、ポテンシャルの高さは十分だったことがよく分かるだろう。
高校卒業時点で指名する球団はなかった
一方で課題と感じる部分があったことも確かである。前述したように8回途中でマウンドを降りているが、7回から急激にスピードダウンしており、最後に投げた打者には1球もストライクが入らないなど体力的な面にはかなり不安が感じられたのだ。当時のプロフィールを見ると180㎝、86㎏となっており、高校生にしては決して体が細かったわけではないが、スピードボールを投げ続けることに耐えられるだけの体の力が不足していたことは間違いないだろう。また変化球についてもカーブ、スライダー、チェンジアップと一通り投げていたものの、特別目立つボールはなかった。ある意味公立高校らしい好投手というのが当時の大勢だったのだ。ちなみに高校卒業時点でもプロ志望届を提出しているが、指名する球団はなかった。
大学では故障に苦しんだことと、コロナ禍で公式戦が少なかったこともあってなかなか見る機会がなく、ようやく見られたのはドラフト会議直前の昨年10月4日の対大阪体育大戦だった。緊急事態宣言が明けて、有観客試合となったことでこの日は全12球団、50人近いスカウトが集結していたが、その前で大勢は14奪三振、2失点完投と見事なピッチングを披露。ストレートの最速も152キロをマークした。変化球についてはまだまだ課題が残るように見えたが、高校時代とは別人のような体つきになり、ストレートで相手打者を最後まで圧倒する投球からは高校時代の“公立校の好投手らしさ”が消えていたことは間違いない。本人も故障を繰り返す中でフォームとトレーニングを見直してきたと語っているが、4年間で相当な努力を積んだことは確かだろう。
まだプロ野球生活は始まったばかりだが、最高のスタートとなったことは間違いない。今後も故障とコロナ禍を乗り越えた強さを発揮し、名実ともにチームを支える不動の存在となってくれることを期待したい。
Norifumi Nishio
1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。在学中から野球専門誌への寄稿を開始し、大学院修了後もアマチュア野球を中心に年間約300試合を取材。2017年からはスカイAのドラフト中継で解説も務め、noteでの「プロアマ野球研究所(PABBlab)」でも多くの選手やデータを発信している。