戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」26回目。
自分をコントロールできなくて、ボールをコントロールできるか
このような表現が適切か否か、誤解を恐れずに言う。
投手にとって「スピード」と「コントロール」のどちらが大切かを考えることは、異性を「ルックス」と「性格」のどちらで選ぶという話に似てはいないか。
古今東西、男女交際における永遠のテーマである。付き合うなら断然、前者が魅力的。しかし、こと結婚する=野球の試合に勝つとなれば後者に軍配が上がる。
野村克也は言う。
「投手に関しては、極端な話、170キロのスピードボールを投げられるなら、コントロールも変化球も必要ない。それだけで十分。剛速球は最大の武器である。
理想はともかく、現実的にはそんな球を投げられる投手は存在しないので、ストレートの球威不足を補うためにコントロールや変化球が必要になる」
ひと昔前までは「スピードは天性のものであり、努力で到達できる速さには限界がある」というのが現実だった。
スピードアップを追求することに時間を費やすなら、努力次第で習得可能な変化球を身につけるなり、コントロールを磨いて、投球をレベルアップさせるほうが得策と言われていた。
しかし、今の野球は違う。
ウェイトトレーニングや栄養摂取の飛躍的な発展により、スピードアップが可能になった。かつては150キロが出ると驚かれたが、最近は155キロ以上を投げられる投手が格段に増えてきた。オリックス投手陣がいい例だ。
むしろ、コントロールこそ天性のものであると考えられるようになった。コントロールが優れているということは、ストライクを取れるだけではなく、ストライクとボール球を意識的に投げ分けられることを指す。
もっと言うなら、「ボールを投げるコントロールがいい」ということは、自分の感情、体調、自分の投球フォームをコントロールすることにほかならない。
「自分をコントロールできなくて、ボールをコントロールできるか」
野村の言葉だ。感情をコントロールできるかどうかは、一流と二流の大きな分かれ目となる。
思えば、WBCでの大谷翔平(エンゼルス)はマウンドで気合こそ入っていたが、投球では常に冷静だった。ヒーローインタビューでも感情をあらわにしたことを見たことがない。
ストッパーはコントロールがよくないとダメ
高津臣吾(ヤクルト)はプロ入りの1991年、同い年のギャオス内藤(尚行)の投球に目を見張った。
「プロって、こんなにコントロールがいいのか。大変なところに来てしまった」
内藤の武器は187センチの長身から投げ下ろすフォーク、外角低めにコントロールされたストレートが武器。ただ、内藤のストレートは140キロ出るか出ないかだった。それでも高卒プロ3年目に12勝、4年目に10勝を挙げ、野村ヤクルトにおいて2年連続開幕投手に選ばれた(1990年・1991年)。
1992年、14年ぶりにヤクルトをリーグ優勝に導いた野村だったが、「ストッパー不在」に悩まされた。ストッパーの条件としては、「勝負度胸」「落ちる変化球」「150キロ級のストレート」が挙げられる。
1992年シーズンオフ、野村は高津に語りかけた。
「シンカー(落ちるシュート)を覚えられないか」
シンカー習得を条件に、高津をストッパーに抜擢したのだ。
1993年5月2日の巨人戦、野村は高津に指示を出す。
「松井秀喜にストレートを投げてみろ」
野村は、スピードボールを持たない高津に、コントロールを磨かせたかった。
「スピードに色気があるうちは、真のコントロールは身につかない」
高津は高卒新人の松井にプロ初本塁打を献上。傑出したスピードでなければ、強打者とはいえ高卒新人にも本塁打されることを知った。
しかしその一方で、内外角と高低を丹念に突いて後続を断ち切り、高津はプロ初セーブをマークした。
以来、高津はストレートの速さを追求するのではなく、フワリと落ちるシンカーを磨き、140キロのストレートをコントロールよく外角低めを狙う決心をしたのである。
史上2人目の日米通算250セーブ(名球会入り)を果たした高津の考えはこうだ。
「シンカーを磨くなら、狙っているところから落とせばいいと考えていた。ショートゴロ、セカンドゴロになれば、あそこにコントロールすればいいのかと冷静に見ていた。
ストッパーはコントロールがよくないとダメ。9回に四球で先頭打者を出塁させられないから。佐々木主浩さん(横浜)は勝負球のフォークを内角、外角に投げ分けていた。岩瀬仁紀(中日)も、スライダーをきちんとコントロールしていた」
抜群のコントロールを誇る村上頌樹、東克樹、山本由伸
「コントロールがいい」と簡単に言うが、数字的な尺度で言えば、9イニング換算の平均与四球が2.00個以内なら、「抜群にコントロールがいい」部類である。石川雅規(ヤクルト)がそのぐらいであると言えば、分かりやすいだろう。
2023年、プロ3年目にして大ブレークした村上頌樹(阪神)は144回1/3を投げて、15四球。9イニング平均で実に0.94個。最優秀防御率のタイトルを獲得、新人王とMVPのダブル受賞は史上3人目の快挙だった(1980年日本ハム・木田勇、1990年近鉄・野茂英雄)。
東克樹(DeNA)は172回1/3を投げて、わずか15四球。9イニング平均で0.78個。驚異のコントロールを武器に、最多勝と最高勝率(16勝3敗、.842)のタイトルを獲得した。
パ・リーグでは山本由伸(オリックス)が164回を投げて、28四球。9イニング平均で1.54個。こちらは3年連続4冠(最優秀防御率、最多勝、最高勝率、最多奪三振)だ。
逆にセ・リーグ最多の51四球を出した高橋宏斗(中日)は7勝11敗、同様にパ・リーグ最多の61与四球の石川柊太(ソフトバンク)は4勝8敗。勝敗や成績に顕著に反映されている。
まとめ
投手にとって、ボールをコントロールするということは、自分自身の感情をコントロールするということである。困難に陥ったとき、逆にチャンスでも、冷静に対応できるか否かが、一流と二流の分かれ目になる。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。