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2023.06.21

野村克也「あいつのためにワシは南海と阪神をクビになったんや」

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。連載「ノムラの言霊」2回目。

野村克也監督連載第2回

サッチーへの愚痴は、避けては通れぬプロローグ

「あいつのためにワシは南海(現・ソフトバンク)と阪神をクビになったんや」

(編集部注:南海では、当時まだ婚姻関係になかった沙知代氏の「チーム・選手へのたび重なる口出し」による解任。阪神では、沙知代夫人の脱税容疑での逮捕による辞任)

2009年シーズンを最後に野村克也は楽天監督を退任。以後、書籍用のロングインタビューが都内ホテルで行なわれた。取材の始まりは、毎度「サッチー」こと沙知代夫人への愚痴だった。

40分間の愚痴を含めたインタビュー時間の終了少し前になると、野村監督(退任後もみんなそう呼んでいた)のガラケーが鳴る。

「見ろよ、『早く終われ』って催促の電話が来たぞ」

ディスプレイには「サッチー」の文字が表示されている。慣れていない取材者は沙知代夫人に恐れをなして、以降のインタビューを駆け足で終わってしまうことが多かったらしい。

それにしても取材時間の3分の1を毎度愚痴に費やされるのは、あまりに痛い。翌取材時、愚痴が始まった際に筆者は試しに言ってみた。

「監督、でも奥様を大事になさっていますよね。さて、今日のインタビューですが………」
「なるほど、お前、ワシの話が聞けんというのか!」

愚痴はやはり40分間延々と続いた。

野村は「不死身」ではなかった

野村は還暦を過ぎても実によく食べ、よく寝た。

幼少時代、戦争で父を亡くし、母は病気がち。極貧状態が続いたそうだ。

食べることは、すなわち「生きること」だった。きんつばが大好物だった。しかし、運動はしなかった。「カメは動かないから長生きする」が持論だからだ。

起きるのも、現役時代からのルーティーンで、宵っ張り。明け方に就寝し、起床は昼近く。

インタビューはナイトゲーム同様、午後6時が「プレイボール!」だった。74歳で楽天の監督を退任してからも、しばらくはプロ野球監督復帰に並々ならぬ意欲を見せていた。

2017年、野村が82歳のときに沙知代夫人が亡くなった。

「人様の前ではヒゲ厳禁」がモットーの野村監督が、そのときはヒゲ面でマスコミ対応に現れた。憔悴しきっていたのを感じさせた。

インタビュー取材の延期を申し出たが、マネージャーからは「本人が気を紛らわせる意味もあって、仕事はそのまま受けるそうです」との返答だった。

「いつお迎えが来てもいい。(沙知代夫人を亡くして)ワシはもう生きる気力がない」

野村は、記者が答えに窮する発言を楽しみの一つにしていた。

しかも、「最悪のことから考えるのがリーダーの危機管理術」という野村の持論からすれば、ネガティブ発言はいつもと同様。野村は「不死身」だと信じ込んでいた。

しかし、発言の内容は徐々に変化していく。2019年晩秋だった。

「おい、ワシは成功者と言えるのかのう?」

「(えっ……?)テスト生から三冠王、日本一の監督にまで登り詰めた方が成功者でなかったら、誰を成功者と言うのですか」

「そうかのう。そうだよな」

愚痴は愛情の裏返し

野村いわく「捕手というのは理想主義者、完璧主義者でなければならない」。

完全試合がダメならノーヒットノーランを狙う。ノーヒットノーランがダメなら完封勝利を狙ったそうだ。

理想と現実は重なりそうで重ならない。理想を目指すがゆえに、そのギャップが「ボヤキ」や「愚痴」として現れたのである。

だから、野村監督の選手に対する「ボヤキ」や「愚痴」は、文章にすると冷たいが、直接聞くと愛情が感じられたものだ。

2017年末に沙知代夫人が亡くなった後、こんな発言を伝え聞いた。

「沙知代のことを悪妻だと人は言うが、それは亭主であるワシが決めることだ」

夫婦のことは夫婦にしかわからない。インタビュー前の「お約束」だったサッチーへの愚痴はいつの間にか影を潜めていった。愚痴は愛情の裏返しだったのだ。

野村は2020年2月11日に旅立った。沙知代夫人が亡くなってから2年2ヵ月後だった。思えば、「お約束の愚痴」には、こんなものがあった。

野村が南海のプレーイング・マネージャーを解任される1977年シーズン終了後、沙知代夫人の現場介入の嫌疑をかけられ、球団フロントから二者択一を迫られた。

「野球を取るのか、女を取るのか」
「恥ずかしながら女を取ります。仕事はいくらでもありますが、沙知代は一人しかいませんから」

三冠王として監督としてシンパシーを感じていた落合博満(ロッテ選手、中日監督)。2006年から2009年のセ・パ交流戦のたびに、試合前に野球談議の場を持った。その落合の信子夫人は『悪妻だから夫はのびる』という書籍を出版している。夫唱婦随というより「婦唱夫随」という共通点もあったようだ。

 

まとめ
「野村克也―野球=0」「野村克也―沙知代=0」。連れ合いをそこまで愛せるのは幸せである。理想を目指すからこそ愚痴が出る。そして夫人への愚痴には愛情が感じられた。
過去の連載記事はコチラ

著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。

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連載
【野村克也】ノムラの言霊

戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也。今こそ、改めてその言葉を振り返り、一考のきっかけとしてほしい

TEXT=中街秀正

PHOTOGRAPH=毎日新聞社/アフロ

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