戦後初の三冠王で、プロ野球4球団で指揮を執り、選手・監督として65年以上もプロ野球の世界で勝負してきた名将・野村克也監督。没後3年を経ても、野村語録に関する書籍は人気を誇る。それは彼の言葉に普遍性があるからだ。改めて野村監督の言葉を振り返り、一考のきっかけとしていただきたい。新連載「ノムラの言霊」1回目。
何がダメなのか分からないのに、頭ごなしに怒鳴るな
野村克也が現役時代の鶴岡一人監督(南海=現・ソフトバンク)は“結果論”でモノを言うことが多かったそうだ。ある試合で、野村が捕手としてライバルチームの4番打者・中西太(西鉄=現・西武)と対決し、豪快な本塁打を浴びた。野村がレギュラーとして試合に出始めたころだから、1956年(昭和31年)の話だ。
鶴岡は日本プロ野球監督史上最多の通算1773勝、川上哲治監督(巨人)と並ぶ11度のリーグ優勝を誇る大監督である。先の2023年5月に亡くなった中西太は、高卒1年目から大活躍し、「怪童」のニックネームで呼ばれた大打者。1953年から4年連続本塁打王だ。
「球種は何を投げさせたんや!」
「ストレートです」
「バカたれ!」
(そうか、ああいう場面で中西さんにストレートは禁物なのか。いい勉強になったぞ)
後日、西鉄との試合で同じような場面で、今度はストレートを見せ球にしてカーブで勝負した。だが、また見事な本塁打を許してしまった。
「さすが本塁打王」と脱帽してダグアウトに戻ると、鶴岡監督が凄い形相で仁王立ちする。
「何を投げさせたんや」
「今度はカーブを投げさせました」
「バカたれ!」
結果オンリーではなく、方向性があるのなら先に示す
確かに結果として本塁打は打たれた。しかし、注意された通りにストレート以外の球種を投げさせた野村は、どうにも納得がいかなかった。
(弱点が分かっているのなら、最初から教えてくれればいいのに……)
野村はここで聞いておかないと後悔すると思って、大監督に対してありったけの勇気を振り絞って尋ねたそうだ。
「鶴岡監督、すみません。ああいう場面では、どんな球種を投げさせるべきでしょうか」
「何ぃ? オレに意見するのか。自分で研究せい!」
ストレートがなぜダメなのか、カーブがなぜダメなのか、「根拠」がない。
鶴岡監督はリードはもちろん打撃でも、野村がヤマを張って安打なら喜び、凡打だと「なぜヤマを張るんだ!」と怒る。あとからなら何とでも言える。
要するに「結果オンリー」だった。野村はこの中西との対決において、肝に銘じたそうだ。
「指導者は結果論でモノを言ってはならない」「選手に考えた末の『根拠』があるならば、絶対に怒るのはやめよう」
だから野村は、選手がミスをしたとき、まず「なぜ、ああしたんだ。根拠は何だ?」と訊く。しっかりとした根拠があれば、結果がミスであっても決して怒りはしなかった。
そういえば、子供に対して「だから言ったでしょ!」は、教育におけるNGワードらしい。失敗を責めるのではなく、「次はどうしたらいい?」が正解で、前向き思考を促すそうだ。
とはいえ、この「だから言ったでしょ!」がNGワードだとしても、事前に方向性と基本を最低限指導していれば、話は別である。最近は「教えない、教え」が推奨されているが、それでも物事には、教え込まなければならない“基本”と、考えさせるべき“応用”がある。
1+1=2の基本が分からなければ、1+2の応用に進めない。
あとからなら何とでも言える
後年、“似たような”印象深い場面がある。1989年、西武は近鉄とのダブルヘッダーで、ラルフ・ブライアントの4打席連続本塁打を許してリーグ5連覇を逸した。
リリーフした渡辺久信(現・西武GM)は、カウント1ボール2ストライクからのストレートを本塁打された。マウンドに左ヒザをつき、呆然と打球の行方を見つめた。バッテリーを組んだ伊東勤捕手と渡辺には根拠があった。
「前年、落ちが悪かったフォークをホームランされている。ストレートなら打たれてもファウルだ。今年は1本も打たれていない(18打数4安打、打率.222、7三振)」
しかし、「ゾーン」に入っていたブライアントに右翼席に見事に運ばれた。うなだれてダグアウトに戻った渡辺に対し、ある指導者は辛らつな怒声を浴びさせた。
「ナベ、どうしてフォークを投げなかったんだ!」
渡辺はキレた。グラブを投げつけて、ダグアウトを出た。誰だって打たれたいわけがない。考えた末の配球だった。ならば、なぜ先に「フォークを投げろ」と確認しないのか。
渡辺は1992年、1993年と日本シリーズで死闘を演じた「野村ヤクルト」に1998年に移籍。“野村ミーティング”において、野球技術はもちろんのこと、「人としてどうあるべきか」を吸収した。
2008年西武監督に就任した渡辺は、いきなり日本一の美酒に酔った。前年Bクラスチームを新人監督が日本一に導いたのは史上初の快挙。もちろん「結果論でモノを言わない」野村克也監督に学んだ、指導者のあるべき姿を生かした結果だろう。
あとからなら何とでも言える。方向性が決まっているなら、指導者は先に方向性を示すべき。物事には、教え込まなければならない“基本”と、考えさせるべき“応用”がある。
著者:中街秀正/Hidemasa Nakamachi
大学院にてスポーツクラブ・マネジメント(スポーツ組織の管理運営、選手のセカンドキャリアなど)を学ぶ。またプロ野球記者として現場取材歴30年。野村克也氏の書籍10冊以上の企画・取材に携わる。