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2023.05.18

J2町田の快進撃の理由! たった数ヵ月で再生させた黒田剛監督の『原理原則の徹底』とは

サッカーJ2リーグ・FC町田ゼルビアの躍進が止まらない。今季、高校サッカー界からプロサッカー界にやってきた、黒田剛監督(くろだごう・52歳)は、この短期間で一体何を行なったのだろうか。組織再生術、独自のリーダー論、Z世代とのコミュニケーション術など、多くのビジネスパーソンにとっても示唆となるであろう、黒田剛流チームマネジメント論を3回連載で公開する。独占インタビュー1回目。

黒田流の組織再生術とは

誰がこの快進撃を予想しただろうか。

J2リーグ第16節を終えて、単独首位のFC町田ゼルビア。東京都の南西部、人口約40万人の町田市を拠点としたプロサッカーチームである。

今シーズンからチームを率いるのは、黒田剛監督だ。
 
黒田監督は、青森山田高校のサッカー部監督を務めた28年間に、3度の高校サッカー選手権優勝を含め、計7度にわたり日本一のタイトルを獲得。また、人格者としても知られ、監督を慕って全国から多くの選手が入部する。そのなかから、柴崎岳(日本代表、スペイン・CDレガネス)や松木玖生(U-21日本代表、FC東京)など世界で通用する選手を生んできた。まさに「名将」の称号にふさわしい監督といえる。

その高校サッカーの名将が2022年、Jリーグの監督に挑戦することが決まり、大きなニュースとなった。当初は「高校とプロではレベルが違う」「Jリーグを甘くみている」など批判的なコメントやSNSの書き込みもあったが、開幕戦から6連勝などを挟み、勝ち点「36」で首位(第16節 2023年5月18日現在)。特筆すべきは第16節を終えて7失点というリーグ最小失点。昨シーズンは50失点でリーグ15位という低迷で終わっているゼルビアの守備力は、今季大きな変貌を遂げた。黒田監督はどうやって短期間で組織を蘇生させたのだろうか。

短期間でチームを変えられた要因は?

——FC町田ゼルビアはJ2で6連勝というクラブ史上初の新記録達成もあり単独首位(2023年5月18日現在)です。監督に就任されて合宿期間を入れても約半年、なぜ、こんなに短期間でチームを変えることができたのでしょうか。

黒田 J2リーグは全22クラブ、それぞれホーム&アウェイを戦うので全42試合という長丁場です。私たちはまだリーグ戦を一巡していないため、全てのチームの特徴を網羅しているわけではありません。

しかし、約30年に及ぶ試合のなかで得た監督経験を活かし、少しずつ攻守ともに戦術を浸透させながら試合に臨んでいます。まず、昨シーズンの50失点をすべて見返して、チームの「悪い習慣」を細部にわたり考察し、ある程度改善できたことが大きいです。

——50失点のすべてのシーンをビデオなどで見られたのですか。

黒田 そうです。今やっていることがJ1で通用するかどうかは別の問題として、今のJ2では自分なりの分析で失点を振り返ることにより、プロ選手なのに高校生よりも周知されていない点、いわゆる基本的なプレー(原理原則)が徹底されていない点が多く見受けられました。もちろん、プロですから高校生より優れている点は多々あります。その指導の過程で高校生でもプロ選手でもマネジメントの方向性は同じだという私自身の気づきもありました。

プロだからこそやり切れていないことがあったり、緩いトレーニングが習慣化していたり、人によってはプレーに対する態度が横柄になっているところもありました。プロという根拠のないプライドが邪魔をして、基本的なことを習得する柔軟性や思考力が欠落している状態もあったことでしょう。

そこで、開幕までの合宿中には昨シーズンまで確立されていなかったことを細かく分析し、改めてサッカーの基本的な部分にチーム全体を向き合わせました。公式戦が始まるまでの6試合のトレーニングマッチでは、鹿島アントラーズなどJ1を含めたすべてに勝利することができました。おかげで選手たちは「原理原則に立ち返り、実践し続けることで負けないチームになるかもしれない」と少しずつでも感じるようになってきたと考えています。失点しないことが勝利するためには重要であることを改めて実感し、チーム内で共通の感覚が生まれました。そんな共通認識がチームの基盤を作り上げていくための重要な要素となっています。

最初は選手たちも半信半疑だったと思います。トレーニングを見ていても「プロは100%取り組んでくれないなぁ」と寂しく感じるところもありました。また、リスタートの重要性も上手く浸透させることができず、なかなか得点できない。リスタートを甘くみているチームは、結局リスタートに泣くんです。最後はそういうところで明暗が分かれるので、細部にまで勝負の厳しさを教えていくことは大切なこと。一度成功体験(達成感)を得られたら、次から聞かないわけにはいかなくなります。だから実際の試合で、意図した1本が決まるってすごく大きいことなんです。

黒田剛/Go Kuroda
1970年生まれ。大阪体育大学体育学部卒業後、一般企業等を経て、1994年に青森山田高校サッカー部コーチ、翌年、監督に就任。以後、全国高校サッカー選手権26回連続出場、3度優勝。2023年よりFC町田ゼルビアの監督に就任。「2023明治安田生命Jリーグ 月間優秀監督賞」2・3月度(J2)受賞。

失点の原因は「原理原則」を怠った悪い習慣にあり

——「基本的なことの徹底」、これこそがチームを再生に導いたと。

黒田 分かりやすくいえばクルマの運転と同じです。免許取り立ての若葉マークの頃は基本に忠実に運転しますが、数年経つと、例えば安全確認を怠ったり、制限速度を守らなかったり、緊張感が欠落するものです。そうすると、大きな事故に繋がる可能性は高くなります。ディフェンスの原則も同じです。プロの選手でも何年か経つと、状況確認やリスク回避を怠ったり、また守備時にマークを外しても誰かが何とかしてくれるだろうと、少しずつ責任感が緩くなっていきます。それが失点の原因となり、改善不能な習慣として根付いていくのです。

初心者の頃に教習所で教わった「原理原則」を日々徹底していれば、通常の運転でも大きな事故を回避できますよね。まったく同じように、サッカーでも基本的なことを徹底したうえで、様々な応用を積み上げていくことが重要なのです。昨シーズンまでの失点は、高校生でもきっちり指導されているレベルの習慣が浸透されていないことが原因でした。

この類の失点を減らすため、選手たちに失点の原因を具体的に伝えて、改善するよう働きかけました。新しい選手が多数入ってきたこともあり、昨年のチームとは異なる状況にあるかもしれませんが、今季は失点を30以下に抑えることを目標に、さらなる改善に取り組んでいきます。

プロ選手だからといって、必ずしも勝ち方を知っているわけではない

——プロになった選手でも、基本的なことを怠ってしまうのでしょうか。

黒田 プロ選手は個人のスキルや将来性が認められてプロになっています。アマチュア時代に、大きな大会などを数多く勝ち上がってきたからではありません。なかには全国大会に出場したこともない選手も多く在籍しています。プロとして重要なことは「チームとして、または個人として『心技体』をどのようにマネジメントし、どのような思考で実践していくことが適切なのか」というような具体的な根拠です。

スキルや能力を評価されてプロになった選手たちのなかには、それまであまり大きな成果を残してこなかったとしても、プロ選手になった途端「プロ選手である」という現状に「根拠のないプライド」が成立し、成長が止まってしまう選手は多いと思います。聞く耳を持てなくなったり、自分に矢印を向けられなくなる思考や行動が少しずつわがままな自分を構築し、残念ながらチームにとって難しい立ち位置になってしまうこともあります。チームのなかで1人や2人がそんな行動をとったり、発言したりすると、チーム全体が一気に汚染されて崩壊していく。組織低迷の典型的な例です。

幸いにもFC町田ゼルビアは誠実に取り組む選手たちが多く、誰一人曲がった選手はいなかったため、チーム全体が基本的なことを徹底できるチームになっています。まだシーズン途中ではありますが、チーム全員が一つになり、何事にも誠実に取り組んでくれていることが首位という結果に繋がっている理由のひとつでしょうね。

——プロ選手であることと、勝つ意識を持つことは全く別なんですね。

黒田 まったく別です。ビジネスも同じだと思いますが、勝つことはフロック(偶然)もありますが、勝ち続けるためには根拠に基づいた動き方をしないといけません。勝ち続けるチームになるためには、何をどれくらい、こだわっていくかが大事になるのです。

負けるゲームでも、実際のところ1点を争うようなものが非常に多い。拮抗したゲームのなかでは守備のために5m戻ることをサボったシーンが結構あります。勝ち続けるチームと負けるチームの差は、まさにその一瞬の努力を堅実に行なったかどうかの僅かな差なんです。

今シーズンは7失点で、少ないといわれますが納得できる失点は一つもないです。全部防げた失点です。申し訳ないですが、これはしょうがないよねっていう失点はひとつもない。

指導者として痛感する「伝え方」の重要性

——元日本代表で現在チームのサイドバックである太田宏介選手が「いろんな監督をみてきたが、ここまで言語化できる人は初めて」と言っていました。私自身も長期取材をしていて同じことを感じています。その伝え方は、どのように培われたのでしょうか。

黒田 元来の性格もあると思います。大阪体育大学卒業後は、一時ホテルマンをして、その後に北海道で教員となりましたが、教育者をやったことによって伝えることの大切さを自分なりに痛感しました。

それは私の高校時代のサッカー部の監督が口下手な方で「もっとこういうふうに言ってくれたらわかりやすいのになぁ…」など「伝え方の重要性」について感じていた自分がいました。だから、自分が伝えるときには、聞く人の立場を想像して、こう伝えたら理解しやすいだろうなという思考で言葉を選んで、話しています。

例えばビジネスにおいても、上司から部下に指示を出すときはAという指示を出すだけでなく、仮に失敗したときのB案や、リスク回避のC案など、いくつかの想定できる選択肢を含めて説明すると、部下もAというミッションに対して動きやすくなります。指導者が伝え方を熟知しているかどうかによって、周りの人たちの動きやすさが格段に変わってくる。30年間の指導経験で分かっているからこそ、ロジカルな伝え方に重きをおいていますね。

※第2回は、勝ち続けるための黒田流リーダー論に迫る。

TEXT=上野直彦

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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