PERSON

2023.05.20

松木玖生を育てた黒田監督流、Z世代の才能の伸ばし方「悲劇感を揺さぶれ」とは

他の競技や指導者にもファンが多い、FC町田ゼルビア・黒田剛監督。柴崎岳(日本代表、スペイン・CDレガネス)や松木玖生(U-21日本代表、FC東京)など多くの選手が黒田監督を慕って青森山田高校サッカー部の扉を叩いた。近年では名門Jユースを辞めてまで飛び込む選手もいる。なぜ、そこまで魅力を感じるのだろうか? そして、どうやって世界で戦える人材を育てているのだろうか。好評だった連載も最終回。今回は、Z世代のコミュニケーションをテーマに選手の育成に定評がある黒田氏にその本質に迫ってみた。会社でも新卒や若い世代とのコミュニケーションに悩んでいる人も必見! インタビュー記事はコチラ▶︎【#1】【#2

Z世代のコミュニケーション術。「悲劇感」のコントロールとは!?

——現在FC東京で活躍する教え子・松木玖生選手(U-21日本代表・20歳)、高校サッカー出身としてはクラブ史上初となる開幕戦先発デビューを果たしました。黒田監督は松木選手のようないわゆるZ世代と呼ばれる若い選手とのコミュニケーションが上手いです。才能の伸ばし方も。その世代との関係性で悩んでいるビジネスパーソンも多いですが、秘訣は何でしょうか。

黒田 Z世代の人たちは周囲からもっと評価されたいと思う気持ちが強い傾向にあると感じています。そういうなかに能力の高い人材もたくさんいるのが今の時代です。そしてトップダウンで強制的に仕事をさせられることも残業も嫌だし、プライベートと仕事を混同させることも嫌いです。休暇も取りたい。自分の権利を守りながらも、ある程度の自由度を持ってワークライフバランスを保ちたい。そんな世代をコントロールするのは非常に難しい局面もありますが、実は自らの感覚を変えるだけでそんなに難しいものではない。

私が意識しているのは「感情」をコントロールすること。いくつかある感情のなかでも特に「悲劇感」は、人の心や行動を強く動かす要素のひとつです。

——「悲劇感」とは!?

黒田 例えば、ある選手がゴール前で守備のために5m戻るのを怠ったことが、失点に繋がった。その時に監督が「何やってんだ!」「練習で定義を掲げてやったんだよな、なんでサボったんだ!」と言ったとしても「知らねぇよそんなの」とか「俺だけじゃねぇよ」と反論するのが得意な世代でもあります。だから解決策を言っても刺さらないし、理解も示さない、言い訳ばかりが先行するため、ただただわだかまりが残るだけです。

そうではなく一番の悲劇は、今までやってきたチームメイトにどう思われているかということなのです。監督から怒られるのではなくチームメイトから「練習やミーティングでもとことんやっていたことなのに、5m戻って来なかったための失点は大きいし、みんなの頑張りが無駄になったし、あれは絶対にやってはいけない」または「あの局面は頑張ってもらわないと試合に出る資格はない」などと言われる。他の選手に聞いても同じような意見が出てきたら「自分がやっぱりやるべきでした。すいませんでした…」「とんでもないミスをしてしまいました」となります。

チームメートから自分が一員として認められない、自分は仲間から信頼されない、となっている現状が悲劇感となり、「二度とこんなミスはできない」「仲間から信頼されたい」という感覚になり頑張ろうとします。彼の心には火がつき、次は絶対にやらなきゃならないというモチベーションに変わるわけです。嫌われたくないし、認められたいから。

あくまで例え話です。勝利給として全国大会で優勝したら100万円やるよ、と言われても毎日の練習が苦しく辛いと、「もう100万円もらえなくたっていい」となります。なぜならもらえなくても現状は何も変わらないから楽な方がいいのです。だけど、全国優勝しないと「100万払わなきゃならない」となった途端に人間は必死になると思うんです。失うのは嫌なんです、人間は。悲劇的感情を大きく揺さぶること、これはZ世代の子供たちを上手くコントロールするために大切な手法となります。

Z世代は「評価されたい」という気持ちと同時に「チームの一員として認められない」ということに強烈な焦りを感じる世代です。ですから激しく叱ったり、パワハラのような態度をとるのではなく、そういったZ世代ならではの感情コントロールの方法を駆使することが適切な指導に繋がります。青森山田の時代から、この「悲劇感」をコントロールして指導していました。

——スポーツ以外でも汎用できそうですね。では、成長する選手と成長しない選手の違いは?

黒田 成長する選手とは自己分析ができる選手であり、自分のウィークポイントを認め、嫌な自分と向き合って、克服するために時間をかけて努力していく選手です。自己のスキルアップに焦点を合わせ、選手としての全体的なスキルアベレージを上げることを目指す選手が、長期的にみれば成功していますね。

一方、一つや二つの武器を持つ選手は、ある程度のプレイができるかもしれませんが、それだけで終わってしまう人が多い。武器に頼りすぎると、相手にすぐに対策され個人の能力だけではこの世界で残り続けることは難しい。成長しない選手は自分の苦手な一面と向き合うことができず、得意なことばかりに特化したトレーニングを好みます。結果的に著しい成長もなく、徐々にチームに貢献することができなくなっていくわけです。

よく考えてみて下さい。戦国時代のサムライだって、戦に臨む時は「槍」や「鉄砲」など、攻撃の武器だけで戦を戦うのは無謀すぎます。身体を鍛え、さらに「兜」や「鎧」を纏うなどして戦に向かうでしょう。フィジカル面や防御面を含めたすべてのスキルを向上させることが必要なのです。己の武器を磨き続け、個人の戦力を高めることが組織にとって「大きな戦力」となります。これは今も昔も、またビジネスにおいても同様ですよね。

「勝利が続くなか、早く負けないかな……」と、正直思っていた

——FC町田ゼルビアの今のように勝利が続いた時のチームの引き締め方、また、負けた時の切り替え方は?

黒田 組織は「生き物」です。基本的には毎日のように姿や表情を変えるので、指導者はそれを予測してアプローチする必要があります。

試合に勝ったといっても昨日の成功が今日も続くとは限りません。今日の成功が明日も続くとは限りません。それは会社組織でも同じではないでしょうか。良い試合をしたからといって、選手たちがモチベーションを維持しているとは限らず、確信犯的な油断が次の日の組織をマイナス思考に持っていくこともあります。

ですから、選手一人ひとりに組織が生き物であることを理解してもらう。たった1人のサボりや慢心が組織全体をマイナスに導くことがあることを肝に銘じてもらいたい。これは私が日頃から伝えていることです。それによって一気に組織がマイナスの方向に落ちることを防ぐことができ、常にチーム全体が高いパフォーマンスを発揮できるのです。

逆に負けた時は、もちろん苦しさや悔しさがありますが次の勝利に繋げるための反省点を映像で振り返って、徹底的に分析し、気持ちを切り替えてきました。負けることは成長するための有難い「肥やし」になります。

——それが「常勝軍団」といわれた青森山田や、ゼルビアの躍進を実現したベースにある考え方なのですね。

黒田 ただ……今季のゼルビアでは、逆に早く負けないかなと思っていたのも正直なところなんです。

——え!? それはどういうことでしょうか……。

黒田 なぜなら、チームがずっと勝ち続けることなんてないから。

負けた時のために負けることを想定したミーティングも重ねてきました。ミーティングでは守備コンセプトが中心でしたが、チームのベース作りは実は負けた時のためにあります。例えば、負けたとしても「原理原則」や「チームコンセプト」に戻ればいい、ということがわかれば、すぐに軌道修正することが可能です。

つまり、原理原則を徹底させることで負けたあとも即座に改善でき、次の勝利までのレールに乗ることができる。そのための準備をチーム内では常に行なっています。これは今シーズン開幕前の合宿から取り組んできたことです。

黒田剛/Go Kuroda
1970年生まれ。大阪体育大学体育学部卒業後、一般企業等を経て、1994年に青森山田高校サッカー部コーチ、翌年、監督に就任。以後、全国高校サッカー選手権26回連続出場、3度優勝。2023年よりFC町田ゼルビアの監督に就任。「2023明治安田生命Jリーグ 月間優秀監督賞」2・3月度(J2)受賞。

究極のスキルは「性格」

——基本的なことを徹底的にやり、日々の習慣を大切にすることはサッカー選手だけではなく社会人に置き換えても重要なことです。

黒田 これらを実践できるのは上手い下手という問題ではなく、おそらく「性格」の問題です。私は究極のスキルは「性格」であると何度も何度も選手たちに伝えてきました、青森山田時代もゼルビアでも。そのスキルを身につけられるかどうかは「できるかできないか」ではなく「やるかやらないか」、その選択にはいつも「性格」が付きまといます。

相手のシュートに背中を向けたり、足だけ出してなんとなく阻止しようとするプレーを「アリバイを演じるプレー」といいます。心無いシュートブロックを演じ、心から体を張れないプレーをするのか、それとも心から絶対止めたいと思って、正面を向いて一歩前に出て体に当てに行くのか。シュートを防げる確率は全然変わってきます。

一般的なサッカーに関する指導とは違うかもしれませんが、このようなアプローチの違いによってシュートを防ぐ確率は全然変わってくるのも事実なんです。これは「スキル」ではなく「性格」の問題なんです。

——最後に今後の目標、ビジョンについてお聞かせください。

黒田 現在は半分(21節)も終わっていない状況で、今は目の前の試合に集中しています。自分で引いている勝ち点「15」を7試合で達成し、第14節が終了した時点で勝ち点「30」を超えたいと考えています。高いハードルになりますが、この中長期的な目標を達成すれば今後の貯金にもなります。

次に第21節が終了した時点で勝ち点「45」であれば、通常で考えれば勝ち点「90」まで到達することができます。これが2023年最大の目標です。しかし、負けは癖になるのも事実。失点が癖にならないように指導者としてチームをコントロールしていかなければなりません。

ただ、勝負事ですから勝つこともあれば負けることもあります。選手たちがやるべきことをブレずにやり続けることが大きな崩れを防ぐために最も重要な要素です。彼らがそれを少しずつ理解し始めているということが最近の収穫なんです。

取材を終えて

インタビューを終えて、クラブハウスの廊下を歩く黒田監督の後ろ姿は、挑戦者の凛とした雰囲気が漂っていた。

多くの選手がそうであるように取材者ですら、ロジカルな思考と言葉、パッションに引き込まれていき、インタビュー時間はあっという間に過ぎて延長戦となった。それでも時間が足りない。また、あらためて機会を持つことにしたい。

2023年Jリーグは30周年を迎えたが、52歳の新人監督の挑戦はリーグの新たなフェーズを象徴している。高校サッカーの監督がJリーグで成功すれば新しいキャリア形成のモデルとなるからだ。

チームは現在絶好調だが今後はどうなっていくのか。ゲーテwebでは、引き続き注目していく。

『勝つ、ではなく、負けない。 〜結果を出せず、悩んでいるリーダーへ〜』
FC町田ゼルビア大躍進の裏には、アマでもプロでも通用する、黒田流マネジメントの原理原則があった。組織・リーダー・言語化など、4つの講義を収録。結果を出せず悩んでいるリーダー必読。黒田剛著 ¥1,540/幻冬舎 ※2024年9月4日発売
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TEXT=上野直彦

PHOTOGRAPH=杉田裕一

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